人物相関図

南奥州高校の2年。政宗の従兄弟。後には引かずに前に進むことしか知らない一直線な男。幼いころ政宗と一緒に強い男(ロザリオの男)に出会い、その男にあこがれる。校内では徒党を組まずに1人で立ち振る舞っていた。自分一人顕現出来ないことを思い悩んだ末、自ら強制顕現される。その後政宗と仲違いし、山中で修行をしていたが小十郎に説得され伊達一派に戻ることを決意。

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政宗の従兄弟で両親とも伊達一族。早くから1歳上の政宗に仕え、片倉小十郎の「智」に対し、勇猛果敢な成実は「武」の人と呼ばれた。兜に付いた百足の前立は絶対に後退しないという意思表示。反伊達連合を相手にした人取橋の戦いでは、自ら一隊を率いて敵陣に突っ込み、窮地に陥った政宗の逃走を助けた。摺上原や朝鮮出兵でも伊達軍の中核を担うが、文禄4年頃に謎の出奔を遂げる。激怒した政宗は武士にとって死に等しい奉公構に処した。成実は5年にわたって牢人暮らしを続けるが、小十郎の奔走によって伊達帰参。戦陣に立つ機会は少なくなるが、伊達一族の長老として亘理城を預かる。晩年は政宗の子を跡継ぎに迎え、子孫は亘理伊達氏と呼ばれた。

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