人物相関図

政宗の父親の古くからの友人であり、政宗を託されその面倒を見ている資福寺の住職。 飄々とした人物だが、時に、政宗に貴重な助言を与える。過去については多くを語らず謎の多い人物でもある。

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虎哉宗乙(こさいそういつ)は美濃出身の僧で、京の臨済宗妙心寺で修行を積んだ。師事したのは後に武田信玄の求めに応じて甲斐の恵林寺に下り、「心頭滅却すれば火もまた涼し」と喝破して果てた快川招喜である。妙心寺は足利幕府に保護された京五山とは一線を画し、黒衣の軍師として今川義元を支えた太原雪斎をはじめ、織田信長に多くの助言を与えた沢彦宗恩など武門につながる名僧を数多く輩出した。虎哉の学識や高潔な人格を伝え聞いた伊達氏16代当主の輝宗は、片目を失った嫡男政宗の教育係に招聘することを決意。その熱心な誘いに根負けした虎哉は奥州米沢の資福寺に入り、乳母の喜多とともに政宗の人格形成に多大な影響を与えたといわれる。

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