人物相関図

塩松高校3年畠山一派のトップ。
顕現しているにも関わらず、卑怯な事ばかりを得意とする。

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本拠地の名から二本松義継ともいう。独立を画策した相棒の定綱が逃げたため、伊達の攻撃を一身に受けることになった義継は、旧知の輝宗を通して降伏を申し入れる。当初は頑なに降伏を認めない政宗だったが、先代当主の説得に折れて両家の和睦が成立。その御礼言上に出向いた義継一行は、何の前触れもなく輝宗の身柄を押さえると館の外に連れ出した。現場に駆けつけた政宗は配下の鉄砲隊に命じ、阿武隈川の岸辺で人質ごと義継主従を射殺。即座に敵討ちの名目で畠山討伐の兵を挙げている。義継の遺体は一旦バラバラに刻まれた後、藤蔓で縫い合わせて晒しものになったという。事件の裏に様々な陰謀説があり、真相は今も明らかになっていない。

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