人物相関図

秀頼を誘拐した実行犯のリーダー。
助けてもらったと思った景勝と兼続が実は自分たちを消そうとしている事がわかり、顕現し景勝と兼続と対決する。

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近江日野城主で六角氏に仕えた蒲生賢秀の嫡男。人質時代から信長に才器を認められ、その娘婿として一門に準ずる扱いを受けた。織田随一の若手武将に成長した氏郷は、本能寺の変が起こるといち早く秀吉の旗下に入り、軍団の中核を担って天下統一の戦いを支えた。北条討伐後の論功行賞で会津42万石(検地後92万石)に封じられるが、旧蘆名領は伊達が占拠していたため、これを不服とした政宗が葛西大崎で一揆騒動を画策。両者の間に深い遺恨が生じた。氏郷はレオンの洗礼名を持つキリシタンであると同時に、茶の湯に通じる文化人で利休七哲の筆頭。朝鮮出兵時の名護屋で体調を崩し、2年後に40歳の若さで病死した。石田三成による毒殺説も根強い。