人物相関図

信長と秀吉を裏切り、そのことが秀吉にばれ、秀吉に切られる。無精髭をこしらえ額に大きな傷を持つ。
氏直に氏政を殺した本当の犯人は黒鎧だと教える。

織田の重臣で畿内方面軍の指揮官。光秀の出自は謎が多く、土岐氏に連なる一族とか濃姫の従兄弟といわれる一方で、刀鍛冶の子という異説もある。諸国流浪の末に30代で越前朝倉家に仕えた光秀は、待遇の不満から将軍義昭を担いで新興の織田に上洛の利を説く。信長は有職故実に明るく、鉄砲の腕も一流の光秀が気に入って直属の家臣に迎える。上洛後は京都奉行で頭角を現し、比叡山焼き討ちの働きで家中初の大名に昇進する。丹波平定を成し遂げて事実上の筆頭家老に就くが、家康接待の失敗から疑心暗鬼が生じて謀反を決意。本能寺で就寝中の信長を襲って討ち取るが、中国大返しの羽柴秀吉に山崎の戦いで敗北し、歴史に三日天下と呼ばれる悪例を残した。