人物相関図

徳川四天王の一人。角のように逆立つ髪の毛が特徴的。

徳川四天王。13歳の初陣以来、鹿角の脇立冑で大槍の蜻蛉切りを手にした忠勝の姿は、常に主君家康を守って戦陣の中にあった。その強さは生涯50数度の合戦で一度も傷を負ったことがないと豪語するほど。一言坂の戦いでは敵の武田兵から、「家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八」と落首に詠まれた。信長は甲斐仕置きの帰途にわざわざ忠勝を召し出し、居並ぶ諸将の前で花も実もある武士と賞賛した。秀吉も何とか家臣にしたいと誘ったが、家康一途の忠義は揺るがず、悔しさのあまり徳川に本多がいるなら自分には立花宗茂がいると言った。その忠勝も世の中が平和になると無用の長物になり、晩年は領地の伊勢桑名に引き籠もって過ごした。