アナウンサーズマガジン

画面では決して見ることの出来ないアナの表情が満載!番組への意気込みや裏話も アナ本人の文章で紹介。

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おかげさまで20周年を迎えました!
先日ハンドボール中継の際に「中学時代、岩手県で吉井さんのラジオ番組に葉書を出して読んでいただいたことがあるんですよ。」 と同業他社の若手に言われ、歳月の流れを感じてしまいました。
正直ここ数年は、自分が社会人になって何年目という感覚は薄れていたのですが、ふと数えてみたら今年度がアナウンサーになって20年目に当たると気付いたのです。(IBC岩手放送でスタートして9年、tvkで11年目です。)巷では “新人類” という言葉が流行った19年前の春はアナウンサー研修の真只中。


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           (写真は入社間もない頃、確かロケの移動の車中でした。)

早く実況がしたいなあ~」 と思いながらも「まず、原稿が読める様になってから!」 と連日先輩方から、約2ヶ月にわたって厳しい指導を受けました。ようやく5月になってニュース勤務のシフトに入り、最初は連日朝6時01分から4分間のラジオニュース担当。

元々宵っ張りの私はなかなか早い時間に寝付けず、朝寝坊の恐怖と戦いながらの毎日でした。幸い目立った寝坊は(多分?まあ、殆ど)なかったのですが、いざデビューすると毎日失敗ばかり。とてもこのスペースで書ききれるものではありません。ある先輩から 「一度したミスは二度としない様に書き留めておくといい。」 とアドバイスを頂き、些細な事まで手帳に記しました。20年目の今も続けている習慣で、日記の様になっています。まあ、勤務等の予定の横に失敗や反省ばかりがしたためられているので、恐ろしくネガティブな日記ですが・・・。

img_14_3.jpg今見返すと 「何をやっていたんだ」 と思ってしまうこともありますが、ハッとさせられる内容も見つかります。多分先輩や仕事で知り合った方のアドバイスをそのまま書いてあるのですが「上手か下手か以上に最後に問われるのが、いい人間か否か」「才能というものは基本的に存在しない。もしあるとすれば『努力を継続できる』才能だけ。」...今も重く心に響くのは、当時から自分が大して進歩していないからという反省が半分。一方では、実に多くの人達に迷惑をかけながらも支えていただいた事に気付かされます。

どちらかと言えば今まで、あまり節目は振り返らず「今日よりも明日を良い日にしよう」 と日々を重ねてきましたが、アナウンサー生活20年目は感謝の思いをしっかり込めて歩みたいと決意を新たにしました。