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神奈川ビジネスUp To Date

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11月27日放送分 「都市空間創造球団」へ スタジアムと街の未来像

ゲスト
株式会社横浜DeNAベイスターズ/株式会社横浜スタジアム
    代表取締役社長 岡村信悟さん

1970年 東京都出身
1995年 東京大学大学院人文科学研究家修士課程修了、郵政省入省
    総務省大臣官房企画課長補佐
    総務省情報通信政策局郵政行政部企画課企画官などを歴任
2016年 株式会社ディー・エヌ・エー 入社
    執行役員 スポーツ事業本部長
       株式会社横浜DeNAベイスターズ・株式会社横浜スタジアム
       代表取締役社長 就任


今季大躍進を遂げた「横浜DeNAベイスターズ」と「横浜スタジアム」を特集。チームの活躍を支えたのは、史上最高の観客動員数が物語るファンの存在、そしてそのきっかけを生み出してきた球団経営だった。2020年に向けスタジアム大規模改修もスタートするなど、大きな転換点を迎えている球団とスタジアム。「継承と革新」で新たなステージに挑むのは、岡村信悟社長。DeNAの南場智子会長から熱烈なラブコールを受け、総務省からの転職を決意したエピソードや、池田純前社長の改革を振り返る。岡村社長が将来ビジョンに描く「都市空間創造球団」の事業構想と経営戦略に迫ります。



内田
日本シリーズ進出、大変な快挙を成し遂げたわけで、球団社長になって1年目、改めて野球というものをどんな風に感じますか?

岡村
日本人が近代になって民主主義の社会を作ってきた時に、一番親しんできたチームスポーツの一つだと思います。だから日本人の感性にとっても合っていると改めて感じました。そしてそれが新たな形で、プロ野球のルネッサンスが起こっていると思っていて、高度経済成長期に誰もが同じコンテンツ、具体的にいうとジャイアンツを見て、そしてテレビで王さん、長島さんを応援するという時代から、そうではなくて我が町の我が球団、そして自分たちのスタジアムで自分たちの好きなチームを応援するんだという、地域社会とかそういうものに根付いた、新しいこれからの成熟社会にふさわしいプロスポーツとして再認識されていると思います。

内田
徹底的に地元・地域の球団になっていくと。その中で横浜のハマスタに集まってくださるファンの人たちを目の当たりにして、どういう風に感じましたか?

岡村
もう感謝の一言しかないですね。私もいろいろなところのスタジアム、ドーム球場とか、各地域のファンを拝見させていただきました。みんな素晴らしいです。でもおそらくチームをここまで勝たせる横浜のファンは本当に日本でも有数じゃないかと思います。ハマスタに来てどれだけ選手に力を与えられているか。今回の日本シリーズもそうですよね。2連敗して、こっちでもまた負けて3連敗。でもそこからあのような形で戦えたのは、やはりファンの支え。そのことはソフトバンクの選手もいくつかコメントされていました。

内田
チームに「負け癖が付く」という言葉がありますよね?「敗北主義」というものに陥っていた時代というのが残念ながらベイスターズにあった。それが頂上を目指すところまで来たというのは大躍進で、長い目で見た時に、チームのポジティブなムードというのが醸成されていた。ラミレス監督のお陰というところもあるのですけれども、そこに至るまでの「前向きに戦う」というところは中畑さんが作ってきて、彼の明るさと忍耐があってラミレスさんが引き継いだという、こういうストーリーじゃないかと思うのですけど、そこはどうご覧になっていますか?

岡村
おっしゃる通りで、更に高田GMですね。DeNAが球団をお預かりするようになってから、DeNAに関わっていただいているスタッフの皆さん、中畑監督も高田GMも、そしてラミレス監督、またその他のスタッフも非常に前向きにやってきたことが積み重なって、そしてそれに選手も応えるようになり、ファンが支え、そしてそれがチームの方に返っていくという形で好循環が生まれているということだと思います。

内田
優勝を本気で目指していくという時に、どこを補強していくのか。選手に対する更なる投資というか、お金の用意はあるということですか?

岡村
投資ということで言うと、いろいろなことができる体力というのは当然付いています。ただ、何よりも大切にしたいのは若い選手をきちんと採って、育てて、その選手が競争して伸びていく。そこに必要な補強とかいろいろなものはあるでしょうから、そうしたものにも対応できるということ。後はもちろん我々はDeNAですので、インターネット、AIに強い。ですからデータを活かした、データを重視したような野球だったり、もしくはそうしたものを活用した育成であったりということも含めて、総合力で上に行けるようにしたいと思います。ただ優勝を争いたいですね。今年は結局3位を争っただけなので。やはり日本シリーズ優勝を争うとみんな面白いじゃないですか?

内田
はい、盛り上がります。

岡村
最後は勝負ですので難しいですけども、とにかく優勝を争えるようなチームにしたいという風に思います。


2016年に成立した球団による横浜スタジアムのTOB成立後、スタジアムのトップとなった岡村社長。就任前は総務省の官僚という異色のキャリアは多くのメディアでも注目されてきました。突然横浜で野球に関わることになった背景には、DeNAの南場智子会長の存在がありました。


内田
南場オーナーから熱烈なラブコールを受けた。2008年に出会った時からずっと「来て下さい」と言われていたと?

岡村
私は実は役所が大好きで、今でも好きなのですけども。新しい公共の場、例えばインターネットの世界とか、新しい世界をこの人間の社会、具体的には日本に作っていく時、そのコーディネーター役というのが役所だと思っていたのですね。公共、みんなが参画できる場を作る、インターネットで新しい場を作ろうというところで一緒に南場と仕事をした時に私の仕事振りに印象を持ったのでしょう。その後、違う部署に移ってからすぐに誘いが来て。それで何度も断りました。何度も断って、「じゃあ、お友達でいいから」という感じで、時々飲みに行こうとか、食事しようとか言って、それで普通にお話しをしているとまた突然、「ところで来ない?」みたいな感じで、ずっとありまして。

内田
そこまでラブコールを受けたご自身の引力、何がそんなに南場さんを虜にしたと思いますか?

岡村
「場を作る」ということにすごく思いがあったので、その何かの場を作り始めようといった時、かなり夢中になる。私の場合、明白に「自分じゃ何もできない」と思っているので、いろいろな能力を持っている方をそこに巻き込みたいんです。殆どの人は、その場を乱す人も含めて、役割を持っていると思っていて、「あらゆる人が力を発揮できて、しかも自分という自尊心を満たすことができる」という空間を作るとうまくいく。「オンリーコネクト=ただ繋ぎ合わせさえすれば」とイギリスの作家が言っている言葉があるのですけども、いろいろな人たちを結びつけさえすれば実現すると思っているんですね。

内田
東大に行かれて、官僚になって、それを辞めるのは相当な決断だったと思うのですけども、今時は転職を反対するのは、奥さんだったり、家族だったりするのですけども、ご家族は納得されて?

岡村
うちの家内は全く反対しなかったですね。むしろ南場さんと一緒になって。南場さんの別荘に家族で招待されて行ったのですけど、それは結局私を説得する会になってしまいましてね。それで一番の急先鋒だったのは家内だったので。

内田
万が一、奥様が反対していたら転職しなかったかもしれない?

岡村
どうでしょうね。あれだけ言われて、私自身も相当考えましたので、自分の道を通したと思います。ただそこに周りの障害がなかった、自分の決断次第だったということですね。

内田
そのラブコール時代と一転、社長になった時に与えられたミッション、具体的に南場オーナーは何とおっしゃったのですか?

岡村
それはもう明白で。先に球場の社長からなったのですね。いわゆるTOBで球団と一緒になって。まず球団と球場の人たちが一体となってより良いものに取り組めるように、「ベイスターズの興行を面白くする」「スタジアムをより良いものにする」ということです。でもそこに留まるということは駄目で、DeNA自体も喜び・デライト、インパクトを世の中に与えていきたいということなので、やはり新しい地平を切り拓くということがあると思います。具体的に言うと、今スポーツ事業本部長ということになっているのですけど、スポーツを通じて人とか町を元気にする、より良いものにするという取り組みをしたい。もちろんベイスターズも大切ですし、これが核になりながら、また横浜スタジアムという場が核になりながら、より大きな、良い影響を社会に与えられるような事業に取り組みたい。それが南場からの私へのミッションだと思っています。南場的に言うと、DeNAと言うとゲーム会社だと思われる方も多いのですけども、やはりゲームだけではなくて、より社会に喜びを与える営みの事業の柱を大きく立てていきたい。その一つをスポーツで実現できないか、そしてこの横浜で実現できないかというのが南場と私が目指しているものです。


稼働率は9割を超え、試合観戦チケットの入手も困難となるほどの人気球団となった横浜DeNAベイスターズが抱える課題の一つは「横浜スタジアム」の改修。3年でおよそ85億円もの費用をかける大規模な改修で現在の収容人数約29,000人から約35,000人へと拡大します。そのベースとなるのは池田純前社長が描いた「コミュニティボールパーク化構想」。今回の改修計画で、岡村社長が描くスタジアムの未来像とは。


内田
何か新しいことをやらなければいけないということで、様々なものを視察し、考え、ということを岡村社長自身、ずっと繰り返しやってきたと思うのですが、前任の池田社長が残された「コミュニティーボールパーク化構想」というのがあります。岡村社長はそれをどうご覧になったのですか?

岡村
素晴らしい取り組みだと思いました。基本的には前任の池田社長がやったことを全て引き継いで、それを次のステージに持っていくということだと思います。具体的にいうと「コミュニティーボールパーク化構想」だったり、「アイラブYOKOHAMA」という取り組みであったり、プラスアルファの体験をしていただくというようなこと。まさにエンタメ空間を作り出す、これが前任の社長のときに取り組んだことで、当然そこの延長線上に、例えばコミュニティーボールパークで言うと、人と町に開かれたスタジアム、ボールパークをどうやって作っていくのか、更に言うとプラスこの横浜の歴史とか伝統というものを継承し、次世代にバトンタッチするようなコンセプト。町に賑わいというかエネルギーが発散されていく、町をエネルギーで満たしていくということで言うと、「横浜スポーツタウン構想」ということを掲げていますけど、これまでの取り組みの延長線上に、更により大きなもの目指していくということだと思います。まさに気概がぐるぐるどんどん大きくなっていくように、中心にはその取り組みがあって、それを継承しながら、未来に向かって次世代に受け継がれるようなスポーツ産業文化の有り様というのを示したいということです。

内田
「コミュニティボールパーク化構想」というところから「横浜スポーツタウン構想」という、非常に広がりを持った、単なるスタジアムだけの改修ではないということ?

岡村
今、大変な賑わいになっていますね。でも球団の視点から見るとこの横浜スタジアムで興行するのは大体1年に70試合ぐらい。1年に70日の賑わいにしか我々は今まで責任を持っていなかった。でも横浜スタジアムは365日ある。この横浜スタジアムというものが、我々が担っていかなければいけない、お預かりしているものということで言うと、この町、このスタジアムを常に人で賑やかにしていくという新たな目標とかミッションができたという風に思っています。常にこの横浜公園という空間が横浜の中心で人を惹きつける、磁力を出し続ける。そのためにこのスタジアムだけではなくて本当はこの町自体が、そういう風に機能していくように働きかけたいと思うのです。そのための最初の大きな事業の一つがこの横浜スタジアムの改修。これから作られる横浜文化体育館にもDeNAは協力企業として参画して、いろいろな形でこの関内の町づくりというものを、特にスポーツとかスポーツ施設を切り口に関わっていって、より多くの人が訪れ、またより多くのエネルギーだったり情報だったりを発信できるような場所に変えていきたい。それがこれからの我々のミッションだと思っています。


岡村社長が打ち出した「横浜スポーツタウン構想」。横浜市などの行政機関、パートナーとなる企業を巻き込み、スポーツを軸とした街の活性化を目指します。その象徴が横浜スタジアムの向かいにある「THE BAYS」。「スポーツ×クリエイティブ」をコンセプトにしたシェアオフィスやコワーキングスペースを提供。そこで新たに取り組むのが「ベンチャー支援」。スポーツを核としたベンチャーの支援を行いながら、球団、球場の運営やエンターテイメント事業にも展開していくと言います。岡村社長が取り組む新事業、その経営戦略と横浜DeNAベイスターズの未来の姿とは。


内田
市役所が移転するということで、そこの地域の人口は減っていく。そういうような部分を横浜スタジアムが担っていく、埋めていく、そういう発想でよろしいですか?

岡村
むしろ市役所の移転はこれからの関内が新たに魅力的な町になるチャンスだと捉えたいと思います。市役所に勤めている方の人口がいなくなる代わりに、もっと多くの方が訪れるような仕掛けをしていけばいい。もちろんそれは我々だけではできないことで、横浜の多くの方々と共に取り組む事業の中に我々も何らかの形で貢献したいということです。そうしますと本当にスポーツの産業文化がここで新しく生まれ変わる、もしくは新しく生み出され根付いていく。アメリカのシリコンバレーでIT関連の企業が集まって世界的なサービスを次々と生み出していますけども、この横浜がスポーツ産業文化のシリコンバレーのような存在になるのに貢献できたら、これはまだ大風呂敷ですけど、そんなことを思っています。「横浜スポーツタウン構想」ということで、ボールパークから更に町づくりに関わっていく、もしくは新たな魅力的な都市空間をスポーツを切り口に作っていくということにまでステージを上げていけたらと思っているんですね。

内田
DeNAという会社はゲームというところが軸ですけれども、それだけのことを成し得るとしたら主力の収益源が全く入れ替わる。それぐらいの気持ちでやるのですか?

岡村
そういうことです。そしてこのモデルは、スポーツなど成熟社会にふさわしい取り組みで町をより魅力的なものに作っていき、そこに多くの人たちが楽しみを見出していくというパッケージになると思う。例えばタイとかミャンマーとか東南アジア諸国で、サッカースタジアムを中心に、まさに成熟社会で我々日本が先に作ったモデルをいろいろな各国で実現していただくことで、より良い社会に貢献できると思います。

内田
この都市パッケージをそのまま輸出していくビジネスまでDeNAはつなげていきたいと?

岡村
そう思っています。私自身、役所にいるときに郵便システムをミャンマーとかベトナムとかロシアに、パッケージとして展開する仕事をしていましたので。そういうノウハウからハード・施設、ソフトをパッケージにして、もちろん地域の実情に合わせて展開していく。それをやりたいですね。

内田
改めてお伺いしたいのですけども、その「横浜スポーツタウン構想」というものは、横浜に、神奈川に何をもたらすのでしょうか?

岡村
次世代にバトンタッチできる社会を作ることが我々の責務だと思っているのですね。生きていてより楽しかった、前の世代より何か新しいこと、人間らしいことを掴むことができたという進歩を信じている。スポーツで毎日が楽しかったり、喜びも悲しみも含めてかけがえのない人生の1ページを送れるということの、ベイスターズがその1ページにあったり、スタジアムの取り組みがあったり、これからの「スポーツタウン構想」で実現する様々なことが家族をつなげたり、恋人をつなげたり、友人を繋げたりする。そのようなサービス、プラットホームになっていきたいと思います。



tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

11月20日放送分
JAXAと宇宙ビジネスの今 人類の月・火星到達へ向けて


ゲスト
JAXA宇宙科学研究所
副所長 國中均さん

1960年生まれ 東京大学大学院修了(工学)
小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン開発
2012年 「はやぶさ2」プロジェクトマネージャー
2015年 宇宙探査イノベーションハブ ハブ長就任


世界の宇宙研究をリードする宇宙航空研究開発機構「JAXA」を特集後編。「はやぶさ」の帰還成功で大きく世界をリードする JAXA。現在注力しているのは、火星の衛星に探査機を送りサンプルを持ち帰る「MMX」プロジェクト。月、火星に人類が到達する大きな一歩として期待を集めている。また金井、野口宇宙飛行士の国際宇宙ステーション長期滞在とともに注目されるのは、民間企業の宇宙ビジネス進出。今回特別に取材が許可された最新施設「宇宙探査フィールド」を始め、JAXAが進める企業との新しいオープンイノベーションの可能性を探ります。



「火星衛星」のサンプルリターンプロジェクト「MMX」。打上げ後およそ1年をかけて火星圏に到着し、「フォボス」という火星の衛星を観測、サンプルの採取を行い、地球に帰還するというシナリオを描いている。2020年代前半の打上げを目指して進められているMMXプロジェクト。その意義を宇宙科学研究所准教授・川勝康弘さんに伺いました。

内田
天体からサンプルを持ち帰るというと「はやぶさ」が思い浮かぶのですけども、それを火星の衛星でやると難度としてはどう違ってくるのですか?

川勝
「はやぶさ」や「はやぶさ2」が行っている小天体というのは太陽の周りを回って、太陽系の中でぽつんと浮かんでいるような天体です。その近くまで行けば、そこに降りて帰ってくるというのは、エネルギー的には楽なんです。

内田
浮かんでいる感じ?   

川勝
そうですね。これに対して火星の衛星というのは、火星という大きな惑星の重力圏の中にあって、言ってみれば「深い井戸の中」にあるようなものです。

内田
深い井戸?

川勝
ええ。そこに入っていって留まるのにも大きなエネルギーがいるし、そこから今度地球に帰ってくるために、脱出してくるためにも大きなエネルギーがいるので、大きなロケットでたくさん燃料を積んで行きます。行って帰ってくるというところだけでも「はやぶさ」や「はやぶさ2」と比べると難度が高くなっていますね。これは火星自身に着陸して帰ってくる、あるいは人を送って帰ってくるというようなことを将来やろうと思った場合に、これだけの大きなエネルギーがいる往復、これができるようになっているということは、大きな技術的なステップになる。

内田
なるほど、その先にあるものは火星に向かう有人探査であると。その一つ手前のミッションになる?

川勝
なってきますね。

内田
そこはJAXAとしては得意分野と言えるのですか?

川勝
やはり、「はやぶさ」「はやぶさ2」で着陸し、サンプルを採り、という一連の複雑なシーケンスを実現してきているというのは世界でもトップクラスなので、そこの部分を伸ばしていくというのは理にかなっているし、このミッションやるという話を打ち出した時に、「日本ならやり遂げるだろう」というのは海外の方からも色々評価してもらって、「日本がMMXで火星の衛星に行くのだったら我々も協力させてくれ」という、いろいろな申し出を受けていて、今、協力の調整も進めています。

内田
単独で日本だけで行くのではなく、国際協調で協力し合って行くんだと。

川勝
そうですね。今は探査の対象も増えてきて、いろいろな国が力を合わせて大きなミッションをやっていこうというような時代になってきています。日本が観測機器を提供するミッションもありますし、あるいはこういう日本が主導するミッションに海外の機器を搭載するだとか、地上からの支援だとか、そういうところで協力して、という枠組みが出来つつあります。

内田
国際協調だと言っても各国競争はしていますよね?そういう技術競争みたいなものがあって、みんなで火星に行く、何をどう分担し、どの役割を担うのか、というところは非常に重要だと思うのですが、その辺りはどういう競争になるのですか?

川勝
やはり各国とも同じ資金を投じるなら付加価値が高いところ、新しい技術が開発できて、その先の国の力になるとか、そういうところをやりたいと思うわけですね。そういうところで各国頑張るのですけど、それまでの実績、「お前がやるって言うのだったらできるだろう」「お前はちょっと背伸びし過ぎなんじゃないか」とか、そういうところが強い弱いになってくるので、「こういうところで培ってできること」を見せていくということが次に繋がっていくと思います。

内田
「ここをやりたいからやらせろ」というのでは通用しないと。それだけの実力が伴っていて、初めて「日本はここをやる」という風に主導していける。一番おいしい技術というか、イノベーションが進むであろうというところを担当できるという?

川勝
そうですね。「まあ日本がやるって言うのだったら仕方がないか」と言われるぐらいが良いですね。

内田
今ご尽力されている「火星衛星探査」への決意をお聞かせいただきたいのですけども。

川勝
打ち上げは2024年を目指してやっていますけども、日本の惑星探査の中では最大規模のミッションになりますし、国際協力という意味でも大きな枠組みである最初のミッションになります。次の時代の日本の宇宙科学を引っ張っていくミッションになると思うので、是非実現して成功させたいと思っています。 【ここにいつものラインお願いします】 大きな期待が寄せられる火星衛星探査、JAXAが描くシナリオを宇宙科学研究所・國中均副所長に伺います。


大きな期待が寄せられる火星衛星探査、JAXAが描くシナリオを宇宙科学研究所・國中均副所長に伺います。


内田
このミッションは、ゆくゆくは何に繋がっていく?

國中
火星に人を送り込むという大きなもっと先のプログラム、プロジェクトの時には、そのフォボスというのは中継基地になるのではないかと考えられていて、そこに世界に先んじて地の利を設けるということは非常に大きな意味、意義、科学的なことと別に、人間が宇宙、太陽系宇宙に進出するという意味ではすごく大きな足がかりになります。

内田
地球から行って、月からフォボスに行って、火星に行くという、こういう道筋ですか?  

國中
そうです。小惑星があるかもしれませんけども、地球、スペースステーション、それから月の近傍、小惑星、それから火星へと。そこに一つずつ、私たちは駒を置いていこうと思っているわけです。

内田
火星に人類が到達するというのは、今までは夢物語として語られていたのですけども、JAXAの研究としては、これはかなりもう現実的な話として動いているのですか?

國中
そうです。かなり大真面目に。

内田
大真面目に?

國中
2030年代40年代に火星圏に人を送り込むということを目指して技術研究開発、どういう具体案をそこに提示できるか。今言ったような大きなプログラムは日本一国で出来るような規模でもありません。それはアメリカ一国でも絶対出来ないです。例えばISS、スペースステーションが15カ国で運用されているわけですけども、そういった規模の世界共同事業のはずなんですね。そこに対して単にお金を出すだけではなくて、人を出すだけではなくて、技術も出して、そこにそのポーションを持って参画する、そのためには今何を準備しなければいけないか。お金はなかなか準備できませんけども、技術の種を作ることはできますよね。そういうものを私たちはやりたいと。それをオープンイノベーション方式でできないか。JAXAがJAXAのためにやるのではなくて、民間企業と共同でやりましょうと。そういうプログラム、プロジェクト、技術研究開発を今いくつかやっています。


長年国家プロジェクトとして行われてきた宇宙開発。その現場は新たなビジネスを生むフィールドへと大きく変化しています。アメリカ・スペースX社のイーロン・マスクCEOは、ロケット開発を中心に宇宙探査も視野に入れたビジネスを展開。2019年から10年ぶり3度目の国際宇宙ステーション長期滞在が決定した横浜出身の野口聡一宇宙飛行士。今回は、このスペースXやボーイングといったアメリカの民間企業が開発する宇宙船に搭乗する可能性があると言います。

野口
今回もし搭乗することになれば、アメリカの新型民間宇宙船というのは、スペースXであれ、ボーイングであれ、新しい世紀に入ってからの設計であると。いわば我々自身の世代が作り上げる宇宙船になるということで、まさに宇宙ビジネスの、民間宇宙ビジネス拡大の契機になり、あるいは地球低軌道から月面、火星へと続いていく有人宇宙探査のきっかけになるというような意味で、様々な可能性を秘めたミッションになるということを期待しています。可能性があるということは逆に決まってないことも多いわけで、現時点で、搭乗する時点で乗る宇宙船が決まってない宇宙飛行士は久しぶりだと思うのですけど。ですから何に乗るかわからないけど、逆にいうとそれだけ可能性と、それに伴う危険性と、含めた上で、我々は「新しい地図」を歩んでいくのだという気持ちで現在は当たっております。


2017年12月からは金井宣茂宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで長期滞在を開始。そこでは「タンパク質の結晶化実験」が行われ、医療、製薬を始め、工業や食品などの分野への応用が期待されています。

内田
たんぱく質の実験の中で民間とコラボレーションして、金井さんが求めているものは?

金井
実際、もう民間企業とのコラボレーションは始まっていて、たんぱく質を製薬会社から請け負って、それを「きぼう」を使ってたんぱく結晶実験をやってくださる会社も集まっていますし。そういう点では医学の分野でも、特に製薬業者は大きな研究費をもっていろいろな試みをやっていますので、是非うちを使っていただきたいなという風に思います。


JAXA相模原キャンパスに2015年に設置された「宇宙探査イノベーションハブ」。最新施設の屋内実験場「宇宙探査フィールド」では宇宙・地上で利用できる新たな技術開発、イノベーションにつながるような共同研究を民間企業と一緒行います。その狙いを研究開発部門の片山保宏さんに伺いました。


内田
ここは「宇宙探査フィールド」という場所で、単に砂があるだけに見えますが、作るのに何が一番大変だった?

片山
こういった大規模な実験場というのはこれまで日本にありませんでした。大量の砂をどのように地形を形成することですとか、どのように運用管理していくかということが非常に大きな問題でした。

内田
あの山の作り方も、考えて、考えて、あの山になっているわけですか?

片山
真ん中の方に高くできている山のように見えますが、実際には「斜面の角度はどのぐらいの角度がいいか?」とか、「自然の地形がどういった角度になるか?」ということを考えて、ローバーが登坂できる角度はどうなるかということで、左右前面の角度を少しずつ変えて作っています。

内田
日本で唯一ここにしかないという環境が出来上がった、JAXAがこれから取り組んでいくオープンイノベーションというところを象徴する現場であると。いろいろな企業とコラボレーションして技術開発をしていく。今、どんな企業から興味を持たれているのか、引き合いがあるのかというところを聞きたいのですけども。

片山
広い実験場を作らせていただいたのは、「多くのロボットが同時期に運用できる」ということを想定しています。こういった砂場で現在考えられているのが、月面への拠点の建設などがよく考えられています。そういったところから建設会社の方たちが宇宙探査イノベーションハブの活動に関心を持たれて、一緒に研究を行なっているということがあります。

内田
たくさんの企業の方に興味をもって来てもらいたいと?

片山
はい、是非多くの企業の方に我々の活動に関心を持ってきていただいて、こちらの実験場で新しい技術開発を行なっていければと思っています。


民間企業と新しいコラボレーションや将来の技術研究開発につながることが期待されている「宇宙探査イノベーションハブ」。JAXAが挑む新しい時代の宇宙開発とは。


内田
JAXAが今、「オープンイノベーション構想」ということで、広く民間から技術を集めていくという、コラボレーションっていうことですけども、これまでも民間企業との研究開発をやってこられた。あえて「オープンイノベーション」と。ここは何が大きく違うのですか?

國中
契約の方式で言いますと、今までは請負契約を民間企業に出して、JAXAが仕様書を作って、その仕様書に合うものを作ってください、出来上がったものはみんなJAXAの資産です、JAXAの知財権です、というやり方だったのですね。そうではなくて、今度は民間企業と折半して、半々で互いに持ち出しで研究をしましょうと。それで出来上がったことを、もしも地上で役に立つのであれば、その実施権は皆さん企業側にお渡しします、だけども我々は宇宙での実施権は担保したうえで地上実施権はお任せしますと。10年間とか20年間それで「業」を作って下さい、産業を興して下さい、私たちが10年後に月や火星に進出するとして、その時に必要な技術であったならば、10年後にその技術を今度は発注します、再発注しますと。その技術を、より洗練化された技術を宇宙に持って上がります。そういうスキームができないかということですね。

内田
我々から見ると、やはりJAXAといっしょに仕事ができる会社というのはある意味、大きい大企業で信用があって、そういう会社じゃないと駄目だろうと思っているのですけども、そこは違うのですか?

國中
確かに今までは大企業、大手さんと一緒にそういう仕事をしてきましたけども、そうではなくベンチャーも含めて、いろいろな技術開発を一緒にしたいと思っています。

内田
ここからは本当の意味での「オープンイノベーション」だと?

國中
そうです。特に宇宙のことは気にしていただく必要はないので、まず提案していただいて、そこで宇宙からのマインドでどういう効果が将来期待できるかというのは我々が考えますので、是非いろいろなご提案を頂きたいと思います。

内田
「自分の技術は宇宙なんてとんでもない」という思い込みはしないで、その使い方はJAXAが分かると?

國中
我々が欲しいのは出来上がった技術ではなくて、挑戦する、開発要素があるものが必要だと思いますので。今ある技術は多分そのまま使えばいいわけです。そうではなくて、企業独自で開発するにはちょっとハードルが高いのだけども、JAXAにはたくさんの施設や知識や情報がありますので、それを有効に使いながら共同で技術研究開発をしましょうと。新しい技術を作りたいという方が是非ご提案いただけると良いのではないかなと思っています。

内田
JAXAが開かれてきた感じがしますね。そういう意味で、その意気込みの一つの表れとしてこの空間。

國中
我々の気持ちとしては月や火星をイメージしたものです。

内田
ここで例えばどんなことができるのですか?

國中
いくつかロボットがありますけれども、私たちの想定は、例えば月や火星に基地を作ると。その時は宇宙飛行士が月に行って現場建設をするのではなくて、地球からのリモートコントロールで建設機械を動かして、遠隔操作で基地を作ってしまう。出来上がった基地に宇宙飛行士が出かけていく。そういうことを想定しています。それは私たち(JAXA)の見方ですね。一方そういった機械をここで開発する時、例えば日本は普賢岳の災害地域でリモートコントロールの建設機械の技術をたくさん持っているわけです。そういった土木関係の技術を持っている業者さん、企業が来て、彼らの見方は「これは災害地域の危険な領域」と思っていただいて、ここで一緒に技術開発をしましょうと。

内田
なるほど、それが月であり火星に使える可能性が出てくる。

國中
そうです。大きな問題は、月の場合には電波でコマンド、情報を送って返事が返ってくるのに2秒ぐらい時間が掛かる。2秒も時間があるとリモートコントロールがすごく難しい。つまり、「腕を動かせ」と言って2秒後にしか腕が動いた結果が返ってこない。そういう状況の自動運転、リモートコントロールというのは地上では出来ない。そういった技術開発をしたいわけですね。その時には人工知能で、「あの石を動かせ」という命令を地球から送ると、搭載しているコンピューターが考えて、あの石はどうやって動かせるかということを現場で考えて動かしてくれて、動かした結果が地球のオペレーターに伝わって、次に何をしなさいというやり方になるはずです。そういった技術はもしかしたら例えば地球の裏側の建設現場、日本からブラジルの建設現場にリモートコントロールするとか、それから医療にも使えます。

内田
そうですね、外科手術。

國中
そういったところにまで技術は発展する可能性がある。我々が考えているのは、そういったことを民間企業と一緒に研究開発できないか、我々が見ているのは「これは月」だけども、土木業者については「これは建設現場」だと。そういう別の見方でこの場所を見て欲しいわけです。

内田
「人類の宇宙への探査」、これはどこまでいくのか。そもそも何故、人類はそんなに宇宙を知りたいのでしょうか?

國中
今からは「太陽系大航海時代」と私たちは定義していています。15世紀、16世紀頃、「age of exploration」大航海時代という時代にヨーロッパの人たちが世界中に広がって行った。帆船に乗ってヨーロッパからインドに行く航路を発見だとか、世界一周というものをやってのけ、その時にヨーロッパ世界から知識が地球中に広がっていったわけです。地球の情報、それが公知になって、それによって人類は地球中に広がっていったわけですね。それと同じことを太陽系宇宙でやろうと。そのためにまずは探査、宇宙を調べること、つまり火星や彗星や小惑星のどこに何があるのかという情報を手に入れるということ。次はその情報を元にその現場を開発するというフェーズになっていくと思います。まず今は調べる段階。どこに何があるのかということを知らなければ出かけていくことができませんから。そういう「宇宙探査の時代」というのをこれから拓くのだという気持ち、未来設計をしています。

内田
そこでJAXAがしっかりとリードしていくと。

國中
そうですね、世界を先導して宇宙、「太陽系大航海時代」を拓いていきたいと思っています。



tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

11月13日放送分
変わりゆく宇宙開発の意義 最新研究とビジネスの可能性


ゲスト
JAXA宇宙科学研究所
副所長 國中均さん

1960年生まれ 東京大学大学院修了(工学)
小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン開発
2012年 「はやぶさ2」プロジェクトマネージャー
2015年 宇宙探査イノベーションハブ ハブ長就任


2週に渡り、世界の宇宙研究をリードする宇宙航空研究開発機構「JAXA」を特集。12月には金井宣茂宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで長期滞在開始を予定。また野口聡一宇宙飛行士は2019年に3回目の長期滞在が決定するなど、盛り上がりを見せる宇宙開発。現在では民間企業にもビジネスの可能性が大きく広がっている。ゲストに迎えるのは相模原市にある宇宙科学研究所の國中均副所長。「はやぶさ」や月、火星などの惑星探査の最新研究と、JAXAが進めるオープンイノベーションに迫ります。



内田
改めてお伺いしたいのですけども、JAXAというのは何のためにあるのか、その存在意義を國中さんはどう思われていますか?

國中
JAXAは宇宙開発というところで活動してきていまして、具体的にはロケットの開発、運用、それから人工衛星の打ち上げ、運用。そういったところで今まで活動してまいりました。これまでは日本に技術力をつける、それから宇宙進出を図るというところが我々の存在意義であったと思っています。ただ昨今、民間企業の宇宙への進出マインドというのは非常に活性になってきていまして、いわゆる民間事業社をどれだけ応援できるかというのも我々の大きな活動領域、仕事の一つだと考えています。

内田
日本の工業、技術力が高いと世界的に評価をされている要因の一つに、JAXAの存在があるかもしれませんね?

國中
それはそうだと思います。宇宙のもう一つ別の使い方、我々に別のイマジネーションを与えてくれる、そういう環境なのではないかと思います。

内田
別次元の空間ですからね。世界中、国際的に宇宙開発、宇宙への研究が行なわれているのですけれども、その中で日本、JAXAというのはどういうところに優位性があるのか。日本のJAXAの得意技といいますか、そういうところを教えていただきたいのですけど。

國中
今JAXAが運用しておりますのはH-ⅡAロケット、新たにH3ロケットの開発というのを行なっています。H-ⅡAにつきましては安定して運用されておりまして、成功率も98、7%というような規模で、ほとんど失敗は見られないようなところまで技術が洗練されてきました。それからH-ⅡBという更に大型なロケットも運用しておりまして、これはスペースステーションに物資を輸送するためのカーゴを、HTV「こうのとり」と呼んでいますけども、これも非常に安定して運用されていて、アメリカ・ロシアが何度か失敗して定期的に物資を輸送できないような事態も数年前にあったのですけれども、「こうのとり」は非常に安定に打ち上げられてスペースステーションに滞っていた物資を運ぶことができています。そのスペースステーションの運用についても世界15カ国が共同で建設をして、今共同で運用をしております。金井宇宙飛行士がスペースステーションに上がっていきますけども、日本もしっかりとした責任あるポーションを持ってスペースステーション事業には参加しておりまして、世界から大変厚い信頼を得ていると思っています。

内田
ISS、宇宙ステーションですよね。日本人として宇宙飛行士がいて、彼らが宇宙ステーションに行くことが当たり前になっている。でも宇宙ステーションに自分の国の宇宙飛行士を送り込める国は限られている。非常に少ない中で日本が選ばれているその理由は?

國中
私たちはこれを有人プログラムという言い方をします。宇宙はロボットを使った無人プログラムと、それから人が関わりあう有人プログラムと二種類、大きく分けて区別することができるのですけども、その有人プログラムという分野には日本は進出していなかった。初めてスペースシャトルが運用されていた時代、1984年から90年代ですけれども、ここに日本は宇宙飛行士を乗せてプロジェクトに参加し始めた。その時は日本の技術というのは全く信用されていませんでした。そこまでは無人プログラムをやっていたのですけれども、やはり無人プログラムと有人プログラムはその技術の敷居が全く違うのですね。それでアメリカに機材を提供してこれをスペースシャトルに乗せてくれと言っても、その機械自体はロボット、ロボティクスですけども、それを有人衛星に乗せる、スペースシャトルに乗せるとなると、これも有人仕様で作れと言われるわけです。そこに使われている材料も全部履歴を調べられて、それが宇宙に耐えられる材料なのかどうなのかというのを全部チェックされる。本当に私も助手になりたての頃、そういったプログラムに参加させられたのですけれども、本当に書類の山になる。

内田
なるほど。

國中
それぐらい厳しい安全審査というのを受けて、もうヒイヒイ言いながらものを作った記憶があります。今から30年ぐらい前はそういう状態ではあったのですけれども、そこから地道に蓄積をして、段々とNASAにも認められるようになって、スペースステーションの建設の頃には「きぼう」モジュールですね。日本も主体的に実験環境を作って、今は「きぼう」モジュールには曝露部という宇宙空間に露出した実験環境も作ったのです。そういった環境というのは今、スペースステーションの中ではそこしかない。やはり宇宙に行ったのですから宇宙の真空環境で実験や活動を行ないたいわけですけれども、外に出す場所というのがそんなにたくさんあるわけではなくて、その意味では「きぼう」モジュールの曝露部というのは世界に対して貢献できる環境を日本は整えたということが言えます。

内田
すごいですね。

國中
それから「こうのとり」がスペースステーションにドッキングするのですけども、ドッキングの方法を「バーシング」と言って、非常に特殊なドッキングの方法をとります。これは非常に安定、安全だという風に考えられていて、その方式を提案したのは日本なんですね。今は全てのカーゴモジュールは、この日本が提案した「バーシング」という方法で、まずスペースステーションのそばまで近寄ってランデブーをします。ランデブーをした段階で初めてロボットアームで掴まえて取り付けるというような方式です。昔のアポロの時代、皆さん映像で覚えている方がいらっしゃるかもしれませんけど、その時はドッキングといって、宇宙船と宇宙船がガシャーンとぶつかる、そういう方式がドッキング方式です。これはうまく連結できればいいのですけど、間違うと。

内田
事故に?

國中
相手や自分を壊してしまう可能性があるわけです。そういう意味でドッキング方式というのは危険が伴うわけで、バーシング方式というのは非常に安全だということが認められています。このように、いくつか具体的に日本がイニシアチブをとって技術開発をした部分もたくさんありまして、技術の成熟度、ロケットやその他の運用性、宇宙飛行士の貢献、それから「きぼう」モジュールや曝露部といったものの世界貢献、そういう意味ですごく日本は信頼をされていると思います。

内田
「相模原キャンパス」に来ているわけですけども、ここの役割というのはどういうものなのですか?

國中
先ほどお話しした有人・無人プログラムという分け方では、無人プログラムの方になります。ここでは宇宙科学研究所という組織がありまして、宇宙科学、サイエンスですね。特にロボティクス、人工衛星、探査機の技術で宇宙を調べる。それから天文という分野がありまして、宇宙に直接天文衛星を上げて、望遠鏡衛星を宇宙に上げて、宇宙から更に遠くの宇宙を観測する。こういったプログラムを運用しています。

内田
具体的にこのキャンパスで発見した、技術革新をしたことでわかったこと、宇宙の中で非常に貢献したことというと、どんなものが挙げられますか?

國中
まずはここで30年、40年ぐらい前から熱心に行なってきましたのはX線望遠鏡による天文観測。宇宙から更に遠くの宇宙を観測するということをやってまいりました。このX線天文の分野では日本は世界をリードしてここまで活動を行なってきました。それから更に私たちが次に目指し今行なっているのは惑星探査です。太陽系には地球以外に水金地火木土天海冥といった惑星がありますね。ここに探査機を送り込む。水星・マーキュリーには来年「BepiColombo(ベピ・コロンボ)」探査機を打ち上げますし、金星には今「あかつき」という人工衛星・探査機がまわっています。月にはもういくつか、たくさんの衛星を送っております。1番最近のものは「かぐや」という探査機ですし、2019年、2020年頃には「SLIM(スリム)」という着陸機を今開発中です。更に小惑星に向けては、皆さんご存知「はやぶさ」をこの研究所で作りまして、2003年に打ち上げて2010年に帰ってきました。引き続き2014年に「はやぶさ2」を打ち上げまして、現在小惑星「Ryugu(りゅうぐう)」に向かって運用中です。来年の6月か7月頃に到着予定です。


大さん橋国際客船ターミナルを出航して、ベイブリッジをくぐり、東京湾、横浜港を2時間弱かけて周遊する観光クルーズを提供。評判の中国料理やバンドの生演奏、バルーンアートなどのエンターテイメントを楽しむことができ、ランチやティータイム、ディナーの日常のクルーズをはじめ、記念日やウェディングなどで多く利用されています。


内田
國中さんは、最初の「はやぶさ」の時には、イオンエンジンの担当として関わっていらした。途中で見えなくなって、それもまたドラマを盛り上げてくれたのですけども、そのプロセス、帰還までのエピソードといいますか、どんな気持ちでご覧になっていたのですか?

國中
私は学生の頃からイオンエンジン、電気推進ロケットというのを研究しておりまして、なかなか宇宙科学研究所では使ってもらえませんで、色んな技術開発をすると共にプロモーションというか、いろいろなプロジェクトに売り込みをするというようなこともずっとやっていて、でもなかなか出番がありませんでした。新しい技術なので信用してもらえないわけですね。ですからなかなか出番がなかったのです。一方、小惑星探査という分野も世界と競争しながら計画を立てていったのですけども、やはりアメリカ、ヨーロッパの技術力というのは資金力も大きいものですから、日本がこれをやろうとすると、すぐ上をアメリカがやってしまう。ですから追いかけっこなのですけども、技術的なアドバンテージ、それから資金的なアドバンテージはアメリカの方が高いので、本当にアメリカも追従できないような、一足飛びで高いところを狙わないとなかなか世界初のミッションというのが作れなくなったのです。それまでは小惑星に行って小惑星を観測するというのがせいぜいの技術だったのですけども、そこでもう一足飛びに「小惑星からサンプルを採って地球に持って帰ってくる」という、すごく高い目標を立てたのですね。そういうことをするためにはやはり高性能な推進装置、行くだけではなく帰ってくるためには、非常に燃費のいいエンジンが必要になる。そこでイオンエンジンというのが脚光を浴びて採用にされたわけです。イオンエンジンが使われたのは、そのコンペティターがいて、彼らを凌駕するために新技術を投入しなければいけなかったという特殊な環境があったと思うのですね。

内田
なるほど。  

國中
それで「はやぶさ」、当時は「MUSES-C」と呼んでいましたけど、「はやぶさプロジェクト」というのが立ち上がって、新しいエンジンというのを何とか作りこんで、500㎏の探査機に搭載して2003年に打ち上げたわけです。

内田
ご自身がずっと研究してきたものが認められ、採用されたときの気持ち、嬉しかったのでしょうね。

國中
嬉しいと思うとともに、デューティーも厳しいので。途中でエンジンが壊れたらもう元の木阿弥で到達も出来ませんし、すごく厳しかったですね。毎日ヒヤヒヤしながら、2003年から2010年にかけては、もう本当にドキドキで、いつ電話がかかってくるか、わからないみたいな感じです。大概、土日の夜中とかには電話がかかってくるのですけど。

内田
本当に消息不明になった時はどうだったのですか?

國中
その時は幸いなことにイオンエンジンのせいではなかったので、安心じゃないですけど、何とか見つけないとしょうがないと。それでたまたま太陽電池に太陽が当たるようになって電気が発生したので少し動き始めて、地球からの命令でコンピュータが生き返らせて動き始めた。

内田
帰ってきたは本当に奇跡なのですか?

國中
帰りはイオンエンジンがいろいろなトラブル起こしまして、かなり危なっかしいところまで行きましたけど、結構ギリギリだったとは思います。

内田
世界初を達成したわけですよね。「はやぶさ」の帰還でサンプルも持ち帰ってこれた。それでやはりJAXAの存在価値、評価というのがずいぶん変わりましたか?

國中
「はやぶさ」が帰ってきたことで日本国中の皆さんに大変喜んでいただいたこともありますし、世界の宇宙機関も「してやられた」という感覚だと思います。NASAに行きましても、ESA・ヨーロッパの宇宙機関に行っても本当にリスペクトを受けます。

内田
この「はやぶさ」前、「はやぶさ」後というので、JAXAは違う?

國中
世界の評価は全く変わったと思います。

内田
成功してよかったと?

國中
いや本当に帰ってきてよかったです。本当によかった。


2014年12月に打ち上げられた「はやぶさ2」は、来年2018年に小惑星「リュウグウ」に到達してサンプルを回収、2020年に帰還を予定しています。52億キロを6年かけ、太陽系や生命の進化を探るプロジェクト。「はやぶさ2」にかける思いとは。


内田
率直に伺いたいのですが、惑星からサンプルを持ち帰ってくる、これはどんな価値があるのですか?

國中
今まで、宇宙は望遠鏡で覗いて観測するというのが精一杯で、もしくは人工衛星になるべく小さくて軽い観測装置、特殊な観測装置を作って載せて、現場に運んでデータを取るというのが精々の方式です。宇宙に持って行くためには小さく、軽く作らないといけない。そうするとそこに盛り込める機能というのは当然制限が出てきます。ところが地球の上に置いてある観測装置、例えば電子顕微鏡であるとかSPring-8であるとか、紫外線の分析装置とか、非常に高精度な装置があります。ただそれは非常に巨大で、何トンも何十トンもあるわけです。それはとても人工衛星には載せられません。ですから現場から物質を持って帰ってきて地球に置いてある高精度な分析装置にかけることができるということです。この方式のもう一つ良いところは、今ある分析装置よりも来年できるであろう、新しい分析装置の方がもっと性能が良いに決まっているわけです。ですからその採ってきたサンプルを保管しておいて10年後の新しい装置にかければ、もっと別のことがわかる可能性があります。それからもっとすごいことは、人間がその研究をする時に、ある仮説を立て、その仮説が正しいのか正しくないのかという調べ方をするわけですよね?

内田
ええ。

國中
もしも仮説がない、新しい概念が出てきたならば、その新しい概念に沿った分析方法をしなければいけないわけですけども、人工衛星に機械を作ったと時には、その時の古い概念に合わせた分析装置を作ってしまうわけですから、その後に出てきた仮説や概念を証明することはできないわけです。ところが物質を地球に保存しておけば、10年後20年後の人類が考えついた新しい概念に基づいてその物質を分析することができる。ですから全く手法が違いますし、これは未来の人間、人類に対する贈り物なんですよ。

内田
持ち帰ってきたサンプルの価値がどんどん変わってくるわけですね。さらに今度の「はやぶさ2」は、もっとたっぷりといろいろなものを持ち帰りたい?

國中
そうですね。たっぷりは採ってこれないのですけども。

内田
どれくらい持ってくるのですか?

國中
採ってくるのは0.1グラムという、そんなちょっとしか持ってこない予定で、もちろんたくさん採れたら採れたでいいのですけれども。「はやぶさ」が行ってきた「イトカワ」というのはS型小惑星というもので、「S」というのはストーンですね、石。石質小惑星で、予想されていた通り、採ってきた物質はかなり乾いたドライな物質でした。今度「はやぶさ2」が目指している「Ryugu」というのはC型小惑星、「C」というのはカーボン、炭素です。炭素質小惑星といわれていて、S型よりももっとウエットだと考えられています。水や水分を含んでいる可能性がある。それからもしかしたらそこには有機物みたいなものが入っている可能性があると考えられています。これはまだ捕らぬ狸の皮算用ですけれども、それは一体何を意味しているかというと、地球のでき方にすごく因果関係があります。地球というのは最初にできた時は熱い石の塊ですから、揮発性物質、水であるとかガス成分はみんな蒸発してなくなってしまう。今私たちの地球には大気もあり水もあり海もあります。その揮発性物質というのは地球が冷え固まった後にやってきたと考えられています。その地球の大気や水は、例えば小惑星や彗星、彗星よりも小惑星だと考えられていますけども、冷え固まった地球に後から小惑星が降り注いで、その小惑星の中に入っていた揮発成分が水や今の大気を作ったという仮説があるわけです。「はやぶさ2」が「Ryugu」からサンプルを採ってくれば、それを証明する情報が取れるかもしれない。

内田
そんなすごいことが。

國中
もっとすごいのは、私たちの生命も宇宙からやってきたという説があって、先ほど水や大気が小惑星に乗ってやってきたと言いましたけども、小惑星に有機物があるかもしれませんと言いましたよね?つまり宇宙から地球に送り込まれた有機物が地球の中で進化してDNAになり、そして生物になったという仮説もあります。これは「パンスペルミア仮説」というのですけども、そういったことも証明する、できる可能性があります。

内田
2020年に帰ってきてくれるのが大変な楽しみになってきましたね。

國中
今のところそういう予定で頑張っております



tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

11月6日放送分
横浜港の観光クルーズ 変わりゆく港の可能性


ゲスト
株式会社ロイヤルウイング
代表取締役社長 中村信仁さん


「横浜の観光クルーズ」を特集。横浜港・大さん橋を母港とするエンターテイメントレストラン船「ロイヤルウイング」。ランチやティータイム、ディナーで横浜港をめぐるクルーズを中心に、記念日やウェディングなどで多く利用されています。東日本大震災以降経営を担い、サービスの向上に取り組んできた中村信仁社長。再開発や大型客船の誘致などが活発になる横浜港の観光、クルーズの可能性とロイヤルウイングの経営戦略を探ります。


横浜港大さん橋を母港とするエンターテイメントレストラン船「ロイヤルウイング」は総トン数2,876トン、全長およそ86.7メートル、定員630人と、東京湾では最大となるスケールで横浜港の景観を味わうクルージングを提供している。


内田
中村社長がこのロイヤルウイングという会社にいらっしゃった経緯をまずはお伺いしたいのですけども。

中村
こちらに来る前は横浜市内の港湾関係の事業社にずっと勤めておりました。ロイヤルウイングの会長が実は前の港湾関係の会社の社長でして、ちょうど東日本大震災の後、2011年の6月ぐらいだったと思うのですけれども、震災の後で売り上げが2割5分ほど落ち込んだという中で、前の会社としてもいろいろと運用をしようということで、この会社に関わるようになりました。プロモーションのことですとか、再生というか、元の状態に戻すためのお手伝いをその頃からやらしていただくようになりまして、関わりを持つようになったのが最初です。その後、次の年の3月ぐらいだったかと記憶しているのですが、いろいろな計画を立てて実行されて、前の社長が若干高齢だったということがありまして、気力と体力をかけて何年かその再生のためにやっていくのに、誰か他に良い人材はいないかというような相談が、前の会社の社長にあったようで、そのときに名前が出たようです。

内田
それで中村社長に白羽の矢が立った。

中村
白羽の矢かどうかはわかりませんけど。

内田
経営を刷新していくという意味において新しいアイディアを求められてきたと思うのですけれども、例えばお越しになってどんなことをされましたか?

中村
どちらかというと社内が細分化されていたのでもうちょっと、マトリックスじゃないですけど、上も下も斜めも横もきっちり情報が共有できている方が望ましいので、まず組織を大枠で機能ごとに切り直して、営業と営業企画のグループ、要するに売り上げを作っていく人たちと管理をやる人たち、船内の現場、船を動かす人たちのグループ、こういう切り方をしました。

内田
お客さん視点で船というもの、レストランで美味しいものを食べながら景色を眺めるというニーズがあると思うのですけれども、改めて顧客視点といいますか、そこで改善していった点というのはありますか?

中村
船の上に乗っているとはいえ、基本的には飲食店ですので、まず美味しいものを美味しく食べていただく、気持ちよく時間を過ごしていただく、笑顔になって帰っていただく、この辺は基本だと思いますので、やはりその基本を少しずつ上げていこうということはスタッフの皆とも話しながらやってきました。

内田
メインは中華をお出しになられている。それをグレードアップしていこうと?

中村
そうですね。

内田
長年の習慣として、厨房の方なりレストランの方というのは、すぐに料理を良くする、サービスも良くするということでパッと変化が生まれるものなのですか?

中村
私が来てからちょうど良いご縁があって、今の総料理長は雲井というものですけど、雲井と出会って料理長が代わって、すごく変わった部分というのはかなり大きいです。前の料理長は技術は素晴らしい方で人間的にももちろん素晴らしい方だったのですけども、広東語しか喋れないという状態でしたので、本当に大事な話をするときは通訳の方来ていただいて話すような形でした。厨房の中もそういう意味では中国語、広東語の世界だったので。

内田
なかなか伝えたいことが伝わらないという?

中村
そういうもどかしさがありました。今はもうそれはなくなったので、婚礼、ウェディングのお客様もいらして、お客様のご希望を料理長が直接伺って何かを作っていくということも今はできますので。

内田
お客さんのニーズにもきちっと応えられるように。

中村
そういう体制ができたということですね。

内田
他にすごく力を入れたというところはありますか?

中村
お客様に対してどういう形で認知してもらうか。意外に地元でも私どものことを知っている方がそれほど多くないのかなという印象を、当時は受けたことがあったので、ウェブのインフラについては重点的に投資をいたしまして。ウェブ上の広告等もそうですけど、そこはかなり。

内田
実際どうですか。ウェブに投資をして成果は?

中村
それは着実に出ています。収益も上がっています、おかげさまで。

内田
中村社長がいらっしゃって、イノベーションをした。これは成功と?

中村
そうですね、方向付けをしたという意味ではそうだと思います。ただ私一人でできることではございませんから、やはりスタッフをはじめとして人に恵まれた部分、運と縁、それが大きかったんじゃないかなという風に自分では思っています。

内田
会社として非常に厳しい震災後のタイミングで来られて、未来に向かっての投資も含めたイノベーションを任されて、業績という部分ではどうですか?

中村
先ほども申し上げましたけど、収益は上がっているのですけども、売り上げはそんなに上がっているわけではないのですね。

内田
いろいろ無駄なものが無くなったという結果?

中村
そうですね。結果的に、ということだと思います。

内田
ここからもう一仕事、会社の業績なり収益、構造をしっかりさせていくとしたら、どんなことをやっていかれますか?

中村
今やっていることを、規模を大きくしつつ、続けていくということ。まず売り上げの上昇というのを担保しながら、その中で新しいチャレンジを1つ2つ入れていって、ということじゃないでしょうか。いずれにしても箱の商売なので、年間の提供席数というのがあるとそれ以上は、もちろんお客様も増やせませんし、その上限というのは現行の売り上げのおそらく2割増しぐらいから3割増しぐらいかと思っているので、まずはそこの隙間をできるかぎり埋めていくと。


大さん橋国際客船ターミナルを出航して、ベイブリッジをくぐり、東京湾、横浜港を2時間弱かけて周遊する観光クルーズを提供。評判の中国料理やバンドの生演奏、バルーンアートなどのエンターテイメントを楽しむことができ、ランチやティータイム、ディナーの日常のクルーズをはじめ、記念日やウェディングなどで多く利用されています。


内田
ロイヤルウイングに乗るお客さんの層というのはどういう方たちなのでしょうか?

中村
全体の5割6割ぐらいの方がいわゆる個人のお客様。個人のお客様に関しては家族連れのお客様も入れてということにはなるのですけど、大体1予約あたり2、3人ぐらいの人数ですので、当然カップルの方が多いのかなという風には思います。

内田
皆さん、「ロイヤルウイングに乗る」と決めて来られるわけですけども、何を求めているのでしょう?

中村
晴れの日にお使いいただくケースが多いのかなという風に思っています。例えば最近は「付き合った何日目記念日」とか、そういうのでご利用いただくケースも多いみたいですし。

内田
「これは当たった」という企画にはどういうものがありましたか?

中村
昨年の春から「プロポーズ・プラン」というのをやらせていただいていまして、プロポーズされるお客様のお手伝いをさせていただこうという。事前に担当者がご要望をお伺いして、段取りとかタイムスケジュールみたいなものを調整させていただきながら。

内田
これは大体男性からの依頼ですよね?

中村
いや、どちらもありますね。意外に女性が多いみたいですよ。正確な数字の割合を今持っているわけじゃないですけども。

内田
これはもちろん、相手の方には内緒ですよね?どうですか、そのプロポーズの成功率でいうと。

中村
今のところ、私が聞いているのは「100%」と聞いています。これも横浜港の上という、そういう特殊性があると思います。船の中で、横浜港で夜景を見ながらプロポーズ。

内田
ロマンティックですね。そういう新しい企画をどんどん社員の方たちが出してくるということで、非常に活気がある?

中村
そうですね、もっと活気があってもいいと思いますけど。基本的には「何でもやっちゃえ」という感じなので。

内田
社長がとにかく「アイディアを出せ」と言っていると。

中村
何か出てきても「やっちゃえば」ですから。「やっちゃえばいいじゃん」と。

内田
ロイヤルウイングを盛り上げていくためには、やはりスタッフの方の力がとても大きいと思うのですけれども、そういう方たちの人材育成といいますか、盛り上げていく、モチベーションアップをしていくために、社長がこれから力を入れていくところというのはどういうところになりますか?

中村
会社の中にチャレンジングな雰囲気というか、常にそういう雰囲気でいられるようにしていくということは、やらなければいけないというのもあるでしょうし、各セクションでミーティングがあるのですけども、私もほぼ全部、足を運んで。

内田
「そうは言っても飲食店なんだ」という言い方もされましたけども、やはり船という独特な空間じゃないですか。そこでのサービスで大切なことというのは何になりますか?

中村
常に話をさせてもらっているのが、自分たちにとっては毎日のことですけど、例えばプロポーズのプランでも何でも毎日ある風景ですけども、その一人一人のお客様にとってみたら、その時はその時だけなので、そういう大事な時間をお預かりしているという意識を常に持って仕事をしてもらいたいという話はよくしますね。


山下埠頭や新港地区の開発、大型客船の誘致などウォーターフロントエリアの活性化を進める横浜港。国内、海外との競争がより激しくなり、大きな変化が訪れようとしている中、ロイヤルウイングの経営戦略、そして未来の姿について伺いました。


内田
横浜港も新しい時代を迎えようとしているという意味で、今IRの誘致活動であったりとか、大型客船が入ってくるとか、いろいろな新しい動きが起こっていますけれども、中村社長から見てその変化というのはどんな風に見えているのですか?

中村
こんなに急にこういう話が出て、変わっていくという風には、実は思っていなかったので少々驚いています。

内田
それはどういう感情ですか、良い意味で?

中村
良い意味で、ですね。ずっとこの辺りで私も30年近く仕事をさせていただいているので、役所も含めていろいろ自分が直接出入りをさせていただいた時の感じからいうと、この3年から5年ぐらいの動きというのは、元々そういう計画というのはあったのですけども、それが急にこんなに具体的に全てのことが動き出して、すごくダイナミズムを感じるというか。

内田
今まで港というと「閉鎖された」というところが非常に開かれて、それぞれの楽しみ方、港で遊ぶ、楽しむというようなものがこれからどんどん起こってくるという期待感がとてもあるのですけども。

中村
おっしゃる通りですよね。私どものオフィスからもちょうど象の鼻と赤レンガパークの前のところがよく見えるのですけども、あそこでSUPみたいなのをやられている方が最近はいたりだとか、シーカヤックに乗られている方がいたりだとか、ああいうこともそうですし。以前ではありえなかったので、色んな親水空間の一般の方の利用というのも大分広がってきていますし、非常に素晴らしいですよね。

内田
港同士の競争という意味では大阪港もIR誘致で非常に盛り上がっている、横浜港も負けてられないところもあると思うのですけど。

中村
私個人はあまりそういうことに興味がないというか、例えばもしIRが来たとすると、私どもの営業にとってそれは良い影響があるという風には何となくは思うのですけども、それをあてにして商売しようというのが基本的に無いので。あくまでもその分プラスで乗れば、それはありがたいなと、感謝しよう、というそれぐらいの感じです。オリンピックも当てにして何かをしようというのではないので、そういうことがあって自分たちが一生懸命やっている延長線上に、そういう出来事があって、それで思っていたよりもプラスがでれば感謝しようという、それぐらいの感じです。

内田
地に足の着いたというか。

中村
そうですね、「どちらかと言うと」ですね。だから賑わうのは良いことですよね。

内田
これから未来に向けてロイヤルウイングとしてやっていきたいことは?

中村
港と周辺のエリアの発展といったものに歩調を合わせながらやっていくというのは大前提として、やはり10年後、15年後ということを考えるとインフラの更新といったようなことも、最終的にはそこに向かっていかなければいけないのかなという風には思っています。

内田
この船だけで、この型だけでは足りなくなるとか、いろいろ色な想像もあるのですけども、例えばもう1台増やそうという設備投資はないのですか?

中村
「もう1隻増やす」と考えたことはあまりないのですけど。ただいずれにしても機械ですから、いくら一生懸命手入れしても、おのずと限界というのが出てくるとは思いますので。今は限界があるとかないとかという話ではないですけど、それはやはり更新をしていって、よりサービスの品質を上げていくということはやっていかなければいけないという風には考えています。

内田
この船も素敵ですけど、新しいロイヤルウイングも見てみたいです。

中村
はい、ありがとうございます。

内田
港が輝きを増すというか、ものすごく存在感がある船ですね。

中村
そのように「ロイヤルウイングは横浜港の顔だからね」とよくおっしゃっていただけるので、本当の意味でそういう顔になれるように、これからみんなで頑張っていかなきゃいけないと思っています。



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