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神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

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放送時間

毎週月曜日 21時~21時30分
  土曜日 23時30分~24時(再放送)

番組内容

いまの神奈川経済がわかる!
全国の上場企業1800社中、約200社が本社を置く神奈川県。
県内唯一の地上波テレビ局tvkが県内で活動する企業を中心に各企業の魅力的な取り組みやトップインタビューなどの経済情報をお届けします。

出演

内 田 裕 子(経済ジャーナリスト)

■プロフィール
大学卒業後、大和証券入社。社内TV放送のキャスターに抜擢されマーケット情報や経営者との対談番組に多く出演。2000年、財部誠一事務所に移籍し経済ジャーナリストとして活動開始。国内だけでなく新興国などの取材も多く、製造現場の取材、経営者へのインタビューを得意とする。
著書に大西 洋氏(三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長執行役員)との共著「三越伊勢丹 モノづくりの哲学」(PHP新書)。

4月10日放送分
「金属加工業の今 町工場が求める新たな繋がり」

ゲスト
株式会社関東精密
代表取締役社長 杉田勇さん


【プロフィール】
1974年横浜市出身。
1993年県立神奈川工業高校電気科卒業後、横浜市内の町工場に入社。
2003年関東精密入社。
2007年に前社長から株式を取得し、代表取締役社長に就任。


日銀横浜支店が4月3日に発表した神奈川県の企業短期経済観測調査「短観」によると、製造業の景況感を示す業況判断指数はプラス14となり、昨年9月に行われた調査から3期連続の改善となっています。製造業に良い循環が伝えられる中、モノづくり企業の現場が抱える課題と現状とは。横浜市都筑区で金属加工業を展開する「関東精密」は、1972年から工具・治具の精密加工や自動車部品、金型部品などを手がけてきました。2007年に会社を引き継いだ杉田勇社長。今抱える課題と新たな挑戦とは。

内田
「関東精密」という会社は、杉田社長が2007年に、ある意味譲り受けた形で社長になられたのですね?


杉田
そうですね、はい。

内田
これは、どういうきっかけでしたか?


杉田
きっかけというのは、元々、先輩がその会社に先に入っていたのですね。その先輩が継ぐはずだったのです。「継いだ後に、お前が継がないか」ということで、引っ張られてきたのですね。それでしばらくやっていたのですけども、いざ継ぐとなった時に、先代と先輩の折り合いが合わなくなってしまって、急にプイッと辞めてしまって。それで、辞めてしまった後は僕しか残っていないので、「杉田君、お前どうだ」ということで。借金をしているので、個人で借金して、先代にお支払いしているという形。株を買い取るという形でさせてもらっているので、もちろん、借金からのスタート。やはり、先代自体が赤の他人ですから。バックボーンがあるわけでもないので。

内田
でも、そこで決断をしたと。


杉田
そうですね。

内田
そこはすんなりと?


杉田
すんなりなのか、少し悩みはしましたけど。その当時というのは、結構仕事自体が順調だったので、「この会社ならばいいだろう」と思い、少々軽い気持ちで継いだというのは確かにありますね。

内田
2007年当時、やはり日本経済も非常に好調だったという。


杉田
もうイケイケドンドンで、受注が凄く詰まっているという様な状態でしたね。「こんなにいい会社だったのだ」と。

内田
仕事がどんどん来ると?


杉田
はい。どんどん来るからと。何もしなくても仕事が来るという様なところがあったのですけど。

内田
それで、実際に(株を)買い取って経営者になりました。どうでしたか?


杉田
買い取った時、次の年がリーマンショックだったのですよ。

内田
2008年?


杉田
2008年。それで、最初はイケイケドンドンだったのですが、買い取った瞬間、次の年にガクンと落ちて、リーマンショックで逆に仕事がなくなってしまって。

内田
2007年の右肩上がりの時から、たった一年である意味どん底と。「これは話が違うよ」と、正直言って後悔したという部分はあったのではないですか?


杉田
ありましたね。「こんなにいい会社だった」と思ったのですけど、一年後にすぐお金がなくなってしまった。買い取った時のお金自体も、更に資金が底をついて、という形で。

内田
では、ある意味もう逃げ出したくなるというか?


杉田
もう、夜逃げまで考えましたからね。

内田
考えましたか。いきなり「営業に出て行かなければ」「仕事を見つけていかなければ」ということで杉田
さんは動かれたと。営業力だと言えば言葉としては簡単なのですけども、実際、そういう風に行動を伴っていくというのは、そう簡単ではないという風に思いますが?


杉田
なかなか難しいと思いますね。特に職人さんとかというのは、本当に「加工してなんぼ」、というような形で、集中していいもの仕上げるということに全力を注ぐような方たちが多い中なのですけども、僕自身、その製造業・町工場の方たちと繋がっていて思ったのが、技術は凄いのですよ。技術自体は凄いのですが、では「営業しているの?」となると、していないのですね。昔は仕事がたくさんあった時なので、皆さんが「ここにいい会社あるよ」と、一社を皆さんが紹介してくれるのですね。

内田
いい仕事さえしていれば、口コミでいくらでも紹介をされて仕事が来る、という流れがあった。


杉田
でも、今の時代というのは、仕事自体を出す方々がそのいい職人さんたちを紹介してしまうと、他の方たちの仕事で自分の仕事が出来なくなってしまう、してもらえなくなってしまう、という思いなのか、「紹介」というのが少なくなってきているのですね。やはり、「囲い込みたい」というのはあると思うのですよ。

内田
自分の仕事を優先的にやってもらうために、他の仕事を入れるとまずくなると。口コミがなくなっている?


杉田
だから口コミが少ないのではないかな、と僕は思ってるのですね。

内田
だからこそ、口コミがない分、自分たちで自分たちをアピールしなければと?


杉田
ということですね。その方たちに発信するために、「自分がここにいます」ということをきちんと発信していかないと、拾ってくれないのだというのは最近ちょっと感じていまして。自分たちでこの人に向けて発信できれば、的確に仕事の繋がりになるのではないか、とかいうこともきちんと調べないといけない。マーケティングというのですかね。そういうことも、やっていかなければならないと。


町工場の情報発信が求められる今、関東精密が取り組むのが、金属加工スペース「メタルDIY」の運営。工場のロフト部分を活用し、誰もが本格的な金属加工を体験できる場所として、クラウドファウンディングで実現。ボール盤や切断機、パイプベンダー、溶接機などの機材を設置し、杉田社長のアドバイスを受けながら自由に使用できます。

昭和の頃に一般的だった暖房器具「豆炭あんか」。これをもとに片手で持てるサイズと軽さで新たにデザインされたのが、この「anka(アンカ)」。ステンレスを主体にしながら、温かみのある表情を備えた、古くて新しい暖房器具。実は、美術大学に通っていた学生が卒業制作として生み出したものなのです。完成には「メタルDIY」の存在が大きかったと言います。

内田
「メタルDIY」。これは、どういうアイディアから?


杉田
元々は、自社商品を作りたくて。「enmono(エンモノ)」という講座、スクールですね。自分の中からアイディアをひねり出そうという鍛練の場所と言うのですかね、アイディアの講座があって。そこで「メタルDIY」というのは生まれたのです。自社商品を作りたかったのですけども、自分たちの会社にあるリソースで何かできるものがないか、ということで考えていった。あとは、その時の時代背景を踏まえて、どういうものにニーズがあるのかということをいろいろ調べていったところ、その当時3Dプリンターが出始めてきた頃、「どうやら3Dプリンターでなんかすぐ簡単に作れるよ」というような世の中の風潮があって。

内田
もう誰でも個人でも、ものづくりができるようになるよ、という?


杉田
はい。例えば、「コップだったらすぐ作れてしまうよ」の様な。

内田
「ものづくりの一般化」というものが生まれてくるという様なことですね?


杉田
という様な感じだったのです。

内田
それをどう受け止めたのですか?


杉田
「そんなことないだろう」と、少し思っていたのですよね。「そんなことはないんじゃないの」というのは思っていたのですけど、その中で、「では、その作りたい人たちは何をやったのだろう?」と。3Dプリンターはいいのですけど。

内田
「それで何を作りたいのだろう」と?


杉田
「何を作りたいのだろう」となった時に「あれ?」と。「金属ではない。木だな、樹脂だけだな」という形で。「鉄」となると、急に皆「できない」となっていったのですよ。

内田
木はできる、樹脂はできる。


杉田
はい。「樹脂もできる、プラスチックもなんとかできる、木はできる。あれ?鉄は?」となった時に、皆できないものだと思い込んでいるらしいのですね。それで、その当時からもDIYって「Do It Yourself」という形で。

内田
日用大工ですね。


杉田
そうですね、はい。それがもう流行りだしてきたところだったのですね。でも、その人たちにも「金属」というのは、なんとなくハードルが高かったというところがあったのです。それで僕自身が金属加工屋なので、当たり前の様に金属を加工していた中で、「いやいや、そんなの普通にできるよ」と思っていたのですね。と思ったところに、うちの工場のスペースでちょうど空いていた所があって、そこに「一般の人たちが気軽に金属加工できる場所を作って提供したらどうだろう」と思ったのです。そういうアイディアが浮かんだ、ということですね。それで、僕自身も教えることが嫌いではないので。

内田
ええ。


杉田
そういうことも一応できていたので。その中で、自分たちのリソースというか、スペースと遊休の機械と、自分が教えることができる、ということが相まって、そういうスペースをやったらどうだろう、ということで、アイディアとして浮かんだのです。

内田
そもそも「自社製品を作りたい」という思いがあって、「単なる下請け企業からメーカーに」という希望があったわけではないですか。でもそうは言っても、空間提供から始めよう、というところで、美大生との出会いがあり、ある意味「デザイン」というものとの出会いですよね?


杉田
そうですね。町工場は、品物は図面通りきちんと作れるけれども、ではその図面自体を作れるかという時に、なかなか作れない。工業製品の設計部門とかはありますが、デザイナーさんが作る様なデザイン性の高いものというのは、やはり皆無に等しい。作れない、デザインできない、というのはあったのですよね。

内田
それでお互いのニーズがすごく合致して?


杉田
デザイナーさん自体はすごくたくさんアイディアがあって、デザイン自体はできるのですけど、作る場所がない、ほとんど作れない。それで気づいたのが、そういうデザイナーさんとか、美大生卒業制作の方たちに向けてもっと発信していけたらなと思ったのです。その方たちが、やはり作れない、作る場所がない、というところに提供していくお手伝い。それで、その方たちでできないところは本業である関東精密がお手伝いする流れにしていく。「メタルDIY」を発信アンテナとして、本業の関東精密に流れる、という図式が最近できてきたのかな、という思いがありまして。「流れが変わってきた」「変えていかなければ」というところ。


イタリア・ミラノで行なわれたミラノデザインウィーク2017「ミラノ・サローネ」。ここに関東精密が制作した、金属のフラワーベース「TREE(ツリー)」が出品されました。その母体は横浜市近郊に工場を構える金属加工会社10社とデザイナーらで作る「Yokohama Makers Village(ヨコハマ・メーカーズ・ビレッジ)」。同業者やデザイナーとのコラボレーションの中で、新しい形のモノづくりを探り、世界へ発信しています。

内田
そういうデザイナーとのコラボレーション、どうですか?やはり面白いですか?


杉田
面白いですね。思いのデザインを形にしてあげられる、お手伝いができる、というところは、やはりできた時の喜びというのが同じなのですよね。僕も嬉しいし、お客さんも嬉しいという。それが目に見えて売れるものじゃないですか。目に見える品物ですよね、人の手に触れるもの。僕らの世界では、工業の製品とは人に触れることが少ないのですよ。

内田
そうですね。


杉田
金型だったり、工作機械だったり、車の部品を作っている機械の部品だったりするので、世に出ることがないのですね。それが、デザイナーさんは本当に消費者、その方たちに繋がっている。直接形に、目に見えている形のものなので、できたときの喜びというのが凄く違いますよね。

内田
そういう方たちを通じて、自分たちの技術力を伝えることができる?


杉田
はい、ですね。

内田
本当に、願ったり叶ったりの関係になりうる可能性がある?


杉田
ありますね。そのためには、お互いが50対50じゃないと、やっぱりどうしても続いていかないのですね。

内田
その間口を、これからもそれだけに留まらず、様々な可能性をきっと探っていかれるのだろうなという風に思うのですけども。日本のこれからの、そういう中小企業のものづくりの現場というのは、どうなっていくという見通しで?こういうことをしていかなければいけないというのを、杉田社長のビジョンとしてはどのようにお考えですか?


杉田
現状自体は、自分、会社、日本全体から考えると、やはり仕事量は減っていると思っているのですね。僕らの会社が思う、感じるところはですね。

内田
それは、海外に出ていってしまっている、ということですね?


杉田
そうですね、海外です。地球規模で工場は「ここがいいね」と考えていらっしゃるので、大手さんとかは。その中で日本は工場としては適していない、という考えなのかもしれないですね。量産だったりというところで。

内田
全体最適、ということですよね。


杉田
その考えでいくと、日本からの仕事というのは少しずつ減っていく。ですが、それ以上のスピードで町工場自体が減っていっているのですね。「なくなっている」というのが、感じているところですね。それは後継者問題とか、先ほどの、営業できていなくて腕がいいのに廃業してしまうとか。あと、事業承継ですよね。そこの問題があって、もうどんどんなくなっていく。仕事が減るスピードよりも、それ以上のスピードで、やる会社さんがなくなっている。

内田
作り手がどんどん、どんどん減っていっている?


杉田
というイメージがあります。実際調べたわけではないですけど、そういうイメージ、感覚はあります。そうなっていくと、より一層「自分がここにいるよ」「ここで、こういうことをしているよ」という発信をきちんとしていかないと、皆さん気づいてくれないのかな、というのがありますね。

内田
ではどうしたら、良い様に生き残っていけるのでしょうか?


杉田
やはり社内の体制、生産体制をきちんととれていればいいのかなと思うのと、後はその行く行くの、ものづくりの裾野を広げるために、ものづくりに興味を持ってもらって、それで、そういう製造業に就いてもらう様な方たちを、気が長いですけれども、増やしていく、作っていく。

内田
ファンを増やす?


杉田
そうですね。ものづくりのファンを増やす、という様なイメージですね。デザイン自体も、皆さん、フリーソフトというのがあって。CAD、パソコン上で描ける。立体物がパソコン上で描ける。それが、フリーソフトで今、気軽にできる様になってきているのですよ。それができる方たちが増えてきているので、では「それを形にしたい時にはどうしたらいいの」という時には、うちみたいな工房とか、いろんなところでファブラボの様な作る場所があるのですね。そういうところで具現化していっている。そこで満足する方もいらっしゃいますし、そこでは飽き足らず、「これを商品化したい」という方たちが、どんどん増えてきていると思っているのですね。

内田
ものづくりがどんどん一般化してきて、誰でもできる様になってくるというので、高度な日本のものづくりというものの価値がどんどん低下していく、というイメージが当初はあったけれども、そうではなくて、いろいろな人がものづくりができるようになってくると、「ではどうやって作ろう?」というニーズが出てきて、ある意味、関東精密のような場所が必要とされてくる様になる?


杉田
と思っています。そのための情報発信、「こういうことができる場所があるよ」というのを、どんどん進めていこうと。そうすると、「あ、できるんだ。ではもっともっと作っていこう」と。アイディアが溢れている人が、どんどん溢れて、作りたがっていますから。そういう方たちが増えてきている、というのは少し感じているので。

内田
そこにしっかり繋がる。


杉田
はい、そこに繋がっていければと。新たな市場ですよね、うちとしては。



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特徴ある製品・サービスを紹介
「ビジネスのヒゲ」

職人技でヘルメットの名入れサービス「HelNet」
北上産業(横浜市)

4月24日の放送内容

低価格を実現する国産ソファ
神奈川経済の「今」を伝える情報番組。今週は日本製のソファを特集。現在国内ソファ市場の9割を占める海外製品。その中でネット―モールで1位を獲得するなど人気を集める「セルタン」の商品。海外製に負けないコストパフォーマンスを実現する独自の製造法とは。また、高齢化社会へ向けたシニア活用の取り組みを取材する。ビジネスのヒゲでは横浜のベンチャー企業が造る注目の電動スクーターを紹介。

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