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神奈川ビジネスUp To Date

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4月25日放送分
「リユースをもっと身近に~ブックオフの新たな挑戦」↑メニューへ戻る

ゲスト
ブックオフコーポレーション株式会社
代表取締役社長 松下展千さん


【プロフィール】
1968年福島県出身
成蹊大学経済学部卒業
1991年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
2003年ブックオフコーポレーション入社、代表取締役専務などを経て、2011年9月に代表取締役社長に就任


相模原市に本社を置き、中古本市場のトップシェアを誇るブックオフコーポレーション。買取品目の拡大を行い「なんでもリユース」企業へと変革、オンライン事業の強化など、成長著しいリユース市場に向けた攻めの経営戦略について松下展千社長に伺いました。

内田
相模原市の住宅地の、本当に一つのお店から上場企業になって、今では800店を越える数と。ここまで事業を拡大できた理由というのはどこにあると思いますか?

松下
古本って、「古本」っていう言葉に代表されるように昔の本、希少価値のある本が古本屋さんだというイメージが強かったと思いますけど、そうではなくて、新しくてきれいな本が明るいお店に並んでいる、ちょっとコンビニエンスストアみたいな女性でも入りやすい間口で、入ってみたらきれいな本が「なんだか安いじゃないか」…このコンセプトがすごく最初は珍しかったでしょうし、受けた。そういったビジネスは面白そうだと創業の初期から全国のフランチャイズのオーナー様が是非ブックオフを一緒にやろうと集ってくださって、それで全国にお店が広がった、というのが、ここまでお店が広がった経緯だと思いますね。

内田
すごい仲間意識を持って共に成長してきた、という形だと思いますけども、その中で大きな会社の転換点、これはどこだったと思いますか?

松下
今からするともう15年以上前になるんですけど、1999年に子ども用品のリユースを始めた。そこからブランド用品とかスポーツ用品とか総合リユースというものへチャレンジしてみようという、1999年からのスタートだったんですけど、その動きが今の我々からするとすごく財産になっています。

内田
その時にチャレンジしていなかったらまた今のブックオフが違う形になっていた可能性があるということですね。今主軸になっている「本」というところに目を向けると、世の中では出版業界は非常に厳しいと、本離れがどんどん進んでいると言われているわけなんですけど、これはブックオフから見て、どう見えますか。

松下
実は私ども「青山ブックセンター」という、青山と六本木にお店があるんですけど、その運営をしていまして、そこの運営を通じて感じることは、やはり新刊書店の運営というのは非常に難しいし厳しいなあということは正直感じます。感じますが、じゃあ本が読まれなくなっているかというと、例えば図書館の貸し出し冊数が毎年過去最高を更新し続けているとか、1年間に出版される本のタイトル数っていうと年間8万タイトル以上と、1日に換算すると220タイトル以上が出ているんですよね。そういうことからすると、本ってまだまだ読まれて欲しいですし、私どもも中古の本という切り口から見ても、新刊がちゃんと読まれてこそ次の二次流通もあるということなので、青山ブックセンターという意味においても、ブックオフという意味においても、あるいは一日本人としても、本はまだまだ根付いていって欲しいというか、これからも大事な存在であって欲しいです。


ブックオフの事業の大きな柱である「中古本」で特に力を入れているのが「オンラインの強化」。ヤフーとの業務資本提携を機に「ヤフオク」を利用したアプローチや自社オンライン事業「BOOKOFF online」の展開など、多様なチャネルを通じて買取・販売を拡大しています。こうした事業を支えているのが横浜市瀬谷区にある巨大な倉庫「東名横浜ロジスティクスセンター」。1万坪以上のスペースに並べられる中古本の数は500万点を超えると言います。

内田
新しいものにも企業としてチャレンジしていくということですが、ちょっとこれは触れずにはいられないところ、業績の部分。2016年3月期の業績が上場以来初の営業赤字ということでいろいろ言われていますけども、この理由というのは率直に何だったんですか?

松下
結論からすると、前倒しでお店の改革をしていきたいという動きがお店の方でも盛り上がったので、投資が前倒しになっていった、結果としてお金がかかってしまったということがございます。やろうとしていたことが、本・CD・DVD・ゲームがもちろんメインの商材ではあるんですけど、もっと他のリユースもブックオフでできるよねと、やってみようよ、と一歩踏み出したという感じです。

内田
そのために投資をした結果、営業赤字が出たということですね。

松下
もうそこに尽きますね。

内田
背中を押したものはなんだったんですか。

松下
いわゆる本・CD・DVD・ゲームだけだと、この先5年は大丈夫かもしれないですけど、10年後15年後はそれで、人件費も上がるっていうような流れですし、家賃もなんとなく上がってきていますし、そういう中で一緒に頑張ってくれている社員とかパート・アルバイトさんたちの頑張りにちゃんと報いていけるのかっていうと、そこは難しいかもしれないなと。じゃあ体力があるうちに、ブックオフっていうものを皆さんが「ブックオフ」だよねと言っていただけているうちにチャレンジしてみようと。そこが一番の原動力ですね。


「本・お売り下さい」で全国に展開してきたブックオフの店頭に「家電なんでもお売り下さい。」の文字。ブックオフが見据えているのは「本」にとどまらない「総合リユース企業」への転換。そのためには「査定」への信頼度が重要になってきます。

内田
まず第一弾として新生ブックオフが取り組むところが「家電」と。

松下
家電を始めました。

内田
なぜ家電なんですか?

松下
家電は製品番号が書いてあるんですね。製品番号で調べると、値段を把握しやすいというか、データベースにしやすいであるとか、やはり家電という市場は大きいと。市場が大きいということはきっと眠っている家電も多いということで、そこに取り組んでみたいということで始めたというのが大きなきっかけです。

内田
私これは大変だなと拝見して思ったのは、先ほど家電の買取は製品番号があるからだいたい値段がつけやすい、わかるんだと仰っていて、それはなるほどなと思いました。ただ家電というのは個体差というか、個別の商品の品質というのが使ってきたお客さんの使い方によって随分変わってくるじゃないですか。そこの部分の査定っていうのが難しいんだろうと思っていて、でもいちいち全部稼働させていたらそれこそ時間がいくらあっても足りないんだろうなという風にも見えます。この家電のそれぞれの「個体差」というものに対してはどのように対応するのですか?

松下
実際一個一個、稼働は確かめているんですが、おそらく、ブックオフでお買い上げいただいたもので何か不具合があった場合は、ブックオフに言えばちゃんと対応するだろうと。実際に私どもとして、そこできちんとご対応できるかというところが、「ブックオフで買っても安心だよね」というところに最終的にはなるのかなと思っています。そういう安心感、ブックオフだから大丈夫だろうという期待をいただけるように、それを裏切らないようにしていくことがすべてなのかなと思います。

内田
本当にそうだと思います。今リユース、自分の使ったものを売買するという意味においてはしっかりとした目利きがいて、持ち込む商品をきちんとした値段で買い取ってくれるか。(店に)行って商品を買おうと思った時に本物、きちんと動くもの、あとはブランドものや高価なものであればそれが変なものではないということが前提だと思います。この部分は言うほど簡単ではないと思うんです。しっかり自分たちは商品を見定めて、しっかりとしたものしか置いていないというところは「本」とは違うところではないかと思います。ここはチャレンジかなと思うんですけど。

松下
おっしゃる通りチャレンジです。ただ幸い、家電の分野でも、あるいはブランドの分野でも、時計の分野でもスポーツ用品の分野でも、長年その商材を取り扱ってきた、まさに15年以上前からやっていて、その中でノウハウを積み重ねてきてくれた強者たちがいるわけです。その人たちが今までの経験の中で培ってきたノウハウっていうのを例えばウェブカメラなど、色々なものを駆使してチェーンの中で共有していくということでお客様のご期待を裏切らないということはしていきたいと思っています。

内田
リユース市場っていうのは成長市場ですから、どんどんライバルが現れてきて、そういう意味で言うと、これまでもネットの競合というのはありましたが、今は本当にスマートフォンの時代で、個人対個人で勝手にやり取りをして、仲介の業者を排除してという時代になりつつありますが、このC to Cに立ち向かっていくという戦略はありますか。

松下
まとめて処分したいとか、あるいは「ネットじゃなくて…」、というお客様はまだいらっしゃると思います。C to Cにどう向かっていくかということよりも、ブックオフという「お店がある」という価値をどう我々として高めていくのかということに尽きると思っています。C to Cがライバルというよりも、リユースが広がるに越したことはないので、その中で私どもがお店を持って地域社会などに何ができるのかという、その中の価格の安心感であるとか、サービスの安心感、親近感、近くにお店があることの距離感であるとか、そういったものがお客様にどれだけ刺さるのか、そういうことができるのかということを愚直にやっていくということしかないのかなと思っています。

内田
まだまだリユース市場は伸びていますからね、ブックオフがやるべきところというのがたくさんあるんだと思います。ブックオフコーポレーション、これから未来に向かってどういう姿になるのでしょうか。

松下
あと5年くらいしたら、近くのブックオフにいらなくなったら何でも持って行こうと思い出してもらえて、かつ足を運んでいただける、安心して「じゃあ行こう」といっていただける、そういうチェーンになっていたいです。商材も広がり、価格の安心感ももっと上がってサービスもバッチリと。そういうところにどれだけ早く向かえるのかということかなと思っています。リユースが普通になるというか、もっと身近になる。日本に住んでいる方でリユースに1年に1度も触れたことがないという人が6割いらっしゃるという調査結果があって、それを1年に1回くらいは全員がリユースを知らないうちに経験していた、そういうところを目指していきたいですね。



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4月18日放送分
「多様な働き方を提案する職業紹介企業」 ↑メニューへ戻る

ゲスト
株式会社ジョビア
代表取締役会長 吉備カヨさん


【プロフィール】
横浜市出身
アイススケート選手として活躍、全日本選手権優勝、世界選手権出場。
現役引退後、有限会社横浜マネキン紹介所(現ジョビア)入社。
2000年代表取締役社長を経て、2009年より現職。


接客や販売スタッフの紹介・派遣を手がけるジョビアを特集。横浜でマネキン紹介所として50年以上の歴史をもつジョビアの職業紹介ビジネス、そして様々な「働き方」を提案する経営哲学、未来を見据えた事業展開について伺いました。

内田
吉備カヨ会長は、元フィギアスケートの日本代表の選手であったと。すごいですよね。全日本選手権でも優勝されたことがあると。

吉備
1993年ですね。たった1回ではありましたけれども、全日本選手権で優勝いたしまして、その後、チェコのプラハで開催されました世界選手権に送っていただいたことがあります。

内田
大変だったでしょうね、小さいころから訓練をずっとされていて。

吉備
好きでやっていただけの話です。

内田
そういうところで培われた「精神性・技術」というものと、今の「経営」というのには何か繋がりは感じられますか?

吉備
何事においても、「見せ方」というのはあるかと思います。どのように自分が捉えられているかということは、何事においても意識しなければならないと思います。一方で全く違うのは、スポーツは自分だけで努力していればご褒美がいただける。ところが経営というのはみんなでチームプレー、特にフィギュアスケートの場合にはチームプレーではございませんので、その辺が経営とスポーツの時代とは違っていることかな、という認識は持っています。

内田
ジョビアは職業紹介、派遣というものをすごく長くやっていらして、2代目ということだと思うのですが、そもそも「職業紹介」というものと、「派遣」というものは一体何が違うのか、分かりやすく教えていただけますか。

吉備
最も大きな違いは、雇用主の違いです。「派遣」の場合には、派遣の事業主であります派遣会社が雇用主となります。紹介の場合には、紹介先の求人会社が雇用主となります。すなわち派遣の場合には、当社ジョビアが雇用主となりまして派遣社員を雇い入れ人材ニーズのある企業に派遣をする。そして、「紹介」の場合には、人材ニーズのある求人者に対して仕事を求めている求職者を紹介し雇用を斡旋するということになります。

内田
それぞれ、2種類の働き方があるのですけれども、どういう方がどういう事情やニーズを持ってこのような働き方をしたいという風に選ばれているのでしょうか?

吉備
当社の場合には、やはり一番多く手掛けているのは、販売職でございまして、販売職といいましても短期の反復型で、例えばシーズン商品だけを手がけるような働き方をしたいというような方もいらっしゃいますし、いわゆる就職、長期的な就労を目指される方もいらっしゃいます。当社では主に2つの就労パターンを紹介であったり、派遣であったり、これは労働者が決めることではなく、人材を探している企業が「紹介をしていただきたい」、「派遣をしていただきたい」といったオーダーが来るわけなんですね。ですので、それぞれのニーズに対して求職者の方々が手を挙げていただくというような…

内田
登録している方は、「自分は何が働きたい」というよりも、まずは登録をすると。世の中からこういう仕事がありますが、どなたかいらっしゃいませんかというオーダーがあって、やりたい人が「私やりたい」と手を挙げる。そういう仕組みなんですね。

吉備
そのような流れが昨今強いかと思います。


マネキンとして長く働き続けた方への永年勤続表彰制度や、パートでの働き方をよく知るジョビアのパート社員によるパートタイムの仕事紹介「パートdeパート」を展開。女性の様々な働き方をサポートするために様々な取り組みを行っています。

内田
長く仕事をしていただくというのは、どういう工夫があるのですか。

吉備
一にも二にも本人のご努力ではあるわけですが、継続していく上で、いろいろな困難苦難を抱えることがあるかと思いますので、その都度その都度、私どもが第三者としての適切なアドバイスをして、感情的にはならず的確な判断をご自身ができるように導くというようなところが基本かと思います。

内田
一つ疑問なんですけれども、こういう販売のプロフェッショナルの女性が短期反復型のやり方を選んでいるというのはどうしてなんですか?

吉備
一つのところで、同じ仕事をしていくという魅力というのもあるかと思います。しかし、短期でいろいろなところを経験することによって培われるものというものもあるかと思います。ですので、その方の向き不向きもあるのですけれども、特に短期反復型を希望されるという方は、毎回毎回のステージの違いを楽しむことができる方なのではないかなという気がします。

内田
きっと派遣される方も「もっとレベルの高い人を寄こして」とか、いろいろなニーズがあると思いますが、きっとそれに応えていくことが、会社のレベルを上げていくことであるだろうし、収益をキープしていくことにつながると思います。この辺りの「教育」というものをご紹介いただけますか。

吉備
当社では、登録スタッフによる自主運営組織「やよい会」というものがございます。創業してから間もない頃、新しい商品がどんどん登場する時代であったのですが、その商品についていくべく勉強会を開催したところ、行政から「本来、能力がある者が登録するところが職業紹介所であって、教育を施すために許可を与えているわけではない」といったような苦言を呈されたことがございまして、それであれば自分たちの自主運営組織を作って、例えば、自己啓発であったり、共済制度、そして会社と共同して永年勤続表彰といったような制度を設けて、長期に当社が「拠り所」となるような工夫をしてきたという経緯がございます。

内田
派遣とか職業紹介で働いている方たちって、ある意味、行った先では孤独ではありますし、自分はフリーで働いているという強さもありますし、心細さもある…

吉備
「拠り所」が必要なんですね。

内田
見ていてくれる方がいて、評価してくださる方がいるというのは、非常にやり甲斐となりますよね。

吉備
いつまでもそういった組織であればいいなという風に考えています。

内田
これをお家に持って帰ってご家族の方がきっと「お母さん、すごいね。」って、なりますよね。

吉備
私どもといたしましては、やはり女性が長きに渡って継続して就業できるということは、第一に家族の理解があってこそなんですね。そういう意味では、表彰させていただくのは、当社からそのご家族に対する感謝の意味も込めたものなんです。

内田
「パートdeパート」、このネーミングもとてもユニークなんですけれども、なぜ始められたんですか?

吉備
元々は販売職を手がけることでスタートした会社でございまして、ところが昨今、販売職で就労できうる環境というのが、営業時間が非常に長くなってまいりました。早くて8時。遅いところでも9時、10時といったような商用施設も出てきている中で、例えば、子育て中の人たちが販売職を希望しても土日も出なければならない、そして夜も遅くまで働かなくてはならないといったような、販売職にはなかなか就けないわけなんですね。

内田
働ける時間にパッと行って…ということができないと働けませんものね。

吉備
せっかくの希望者がいても、ミスマッチングということもありまして。それであれば当社として、いわゆる販売職の人材を求めている企業に対してワークシェアリングを推奨しまして、子育て中の人たちでも販売の現場に立てるようにといったことから、「パートdeパート」をスタートしたというのがまず一点。それから、私自身が社長に就任した時にまだ小さい子どもを抱えておりました。その中でどうしても子どもに「お帰り」と言ってあげることが、私自身が体調を壊している時ぐらいしか言ってあげられなかったんですね。やはり、お母さんたちには「お帰り」っていう言葉を子どもたちにかけてあげられる就業スタイルというものをどんどん増やしていきたいということもありまして始めたということもあります。

内田
「パート」という働き方が、まだまだ進んでいないという部分があったかと思うのですが、これを始めて効果はどうですか?

吉備
まだまだ東京と比較しまして、神奈川ではパートでできうる職種、業務というものに限界があるかと思います。これはやはり、圧倒的に中小企業が多いというようなことが原因なのではないかと思いますし、人事スキームというものに変化がされてこない、理解はしているけれどもそこに手を付けきれない、といった背景もあるんじゃないかと思います。

内田
吉備会長から見ると、パートさんでできる仕事がいっぱいあるわけですよね。

吉備
実際、いっぱいあると思いますし、有能な女性が扶養の範囲内で働きたい、子どもたちの心に負担のない働き方をしたい、というようなお母さんたちが沢山いらっしゃるというのは現実だと思います。


現在、ジョビアは渋谷のパルコ内の海外アーティストショップで販売など店舗の運営を行っています。職業紹介・派遣に続く新たな事業展開について、その狙いを伺いました。

内田
これまでやられてきた「職業紹介」と「派遣」とはまた違う、売り場ごと引き受けるという「請負」という形なんですけれども、これはなぜやろうと思われたのですか。

吉備
長きに渡りまして人材を紹介する、人材を派遣するということにはある一定のノウハウを蓄積してきたと思うのですが、特に販売職につきましては、人材を供給するばかりではなく、「売り場を運営する」というようなノウハウ、経験値を高めていきたいという思いがありました。そしてもう一つは、この現場、渋谷の真ん中ではございますけれども、今後の国際化に向けましても、2020年の東京オリンピックに向けましても、横浜で今後外国人観光客をより招き入れるハードもソフトも整備がなされていくかと思うのですが、それらに私どももついて行けるべく、学習の場として東京において様々な経験をしたいといったような思いもありましてやらせていただいた次第です。

内田
面白いのは、「東京の熱」。東京の活気であるとか、インバウンド、東京オリンピックまでに(外国人観光客)4000万人といっているわけで、今の倍ですよ。倍の方たちが日本に訪れる。特に東京に集中する部分あるかとは思いますが、もちろん横浜にもお客さんが来るときの対応がまだまだ今のところは…

吉備
まだまだ横浜では、外国人のお客様と接する機会が少ないんだなと、改めて東京に行ってみまして感じることですね。

内田
様々な働き方というものが見えてきましたが、今後、女性の働き方はどんな風に変化していくのか。また、吉備会長が思い浮かべるジョビアの未来の姿というものはどのようになっていくのか教えていただけますか。

吉備
私自身、女性が多く仕事に出ていくことになると街は空洞化していく。昨今の公教育の課題等々を踏まえた時、女性がフルタイムで勤務するということだけが奨励されているというものはどうかという風に思います。私自身としましてはやはり今後も「様々な女性のライフスタイルにあった働き方」というメニューを整備しながら様々なニーズに応えていきたいと思っています。



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4月11日放送分
「横浜の歴史を映すクラシックホテル」 ↑メニューへ戻る

ゲスト
株式会社ホテル、ニューグランド
代表取締役社長 濱田賢治さん


【プロフィール】
1954年島根出身 東京大学法学部卒 
2008年東日本旅客鉄道株式会社執行役員横浜支社長などを経て、
2013年2月に代表取締役社長就任


横浜の歴史を映し出す「ホテルニューグランド」を特集。ドリアやナポリタンの発祥など日本の洋食文化の源流とも言われる同ホテル。1927年の開業以来、変えることなく受け継がれるレシピとホスピタリティ。濱田賢治社長に、歴史的建造物の価値を維持しながら、上質なおもてなしを実現する独自のホテル経営について伺います。

内田
濱田社長はJR東日本のご出身ということですが、社長になる前にも随分ニューグランドにはお越しになっていたというお話ですね。

濱田
そうですね。本当に毎週行っていましたし、プライベートでも夏休みは必ずニューグランドに泊まっていました。本当になんと言いますか、仕事でも横浜に来ていましたし、お休みの日も横浜に遊びに来ていたと。

内田
じゃあやっぱりすごく気に入っていたということなんですね。

濱田
やっぱり横浜の雰囲気っていうのは本当に好きになりましたね。私「横浜大好き人間」を自負していますので、その中で特にニューグランドっていうのは横浜の歴史を代表するホテルなので、調べれば調べるほど「すごいホテルが横浜にあるんだな」という風に思っています。

内田
本当に横浜の歴史を象徴すると言いますか、横浜の顔と言ってもいいホテルだと思うんですけれども、長い歴史の中でいろいろな変遷があったと思うんです。その辺りは随分詳しく歴史を振り返ってらっしゃると思うんですけども、ニューグランドの転換点はどういうところですか?

濱田
今88年目のホテルでして、最初は関東大震災の直後に横浜市長の有吉忠一という方が発案して、横浜の財界が出資をして作ったというのが最初のステップです。この時は外国人専用ホテルとしてスタートしたわけです。ですから、本館の土地も全部横浜市のものですし、建物の8割も市のものというのが今でも続いているわけですね。その後1945年マッカーサーが逗留して、進駐軍が接収したという経緯もありますけど、一番大きく変わったのは大阪万博ですね。1970年ですか、あの時に外国人専用ホテルから日本人をターゲットにしたホテルに大きく生まれ変わりました。次の転換点は横浜開港130周年というのが1989年にあるんですけど、その時に横浜にたくさんホテルができまして、横浜ホテル戦争と言われたんですね。その時にニューグランドもタワー館というのを増築しまして、競争に勝とうということで頑張ったんですけど、この時もやはりですね、普通はこういう大規模投資というのは借金をしてやるのが普通なんですけど、ニューグランドの場合は横浜の方にまた出資を仰いで、その出資によって、ほぼ借入金をしないで済んだということがありました。横浜の皆様の力によって、その危機も乗り越えられたということです。その次がまさしく今回でありまして、耐震補強、耐震改修を一昨年と今年2回続けて33億円かけてやりますけど、これが非常に大きな設備投資ですがこれによってこれから100年200年このホテルを続けていける体制をつくろうということで今やっています。

内田
本当にこのようなクラシックホテルを維持していくというのは我々が想像している以上にクリアしなければいけない問題っていうのがあるんでしょうね。

濱田
一つは設備が老朽化するということと、それからやはり人の問題ですよね。どうしても人間って変えたくなるんですよね。その変えたくなるところをいかに変えないか、あるいは変えないためにどういう新しい工夫をするかというのがすごく大事だと思います。これは言うのは簡単なんですけど、実際にやるのはなかなか大変だなと思いますね。よく古いものを遺すっていうと結局博物館みたいにお客様が触ってはダメですということになってしまうんですね。我々の場合はそうではなくて、すべての施設を触っていただける、触りながら遺すということです。そういう意味では文化財にはならないんですね、歴史を体感していただくっていう意味ではやはり子供たちがいろいろなものに触るというのがすごく大事だなと思っています。触って痛むんですけど、それを修復する。この辺の塩梅がなかなか難しいですね。

内田
なるほど。変えたがるけど、人はいろいろなものを新しくしたくなりますが、でも「変えない」という選択肢というのがあるんだということで、今本当にイノベーション、革新という中で変えないというのは企業の経営の一つの道だと思います。それをされているのは多分ニューグランドというホテルのそもそもの成り立ちっていうものと非常に密接に関わってきている部分だと思います。非常にユニークなのは、横浜市民が作ったホテルなんですよね。

濱田
そうです。それは今でも変わらなくて、600名の株主がいらっしゃいますが、ほとんどの方が横浜、神奈川の方です。その方々のご要望というのはとにかく自分たちが若い頃使ったこのホテルの今の状態をできるだけ長く維持して欲しいということで、多分新聞雑誌で見る株主総会の様子とは全然違うと思います。

内田
そういう株主がオーナーだからこそ維持できているサービスがあるとしたらどういうものがありますか?

濱田
やはりお客様の顔と名前を覚えているというのはすごいですね。

内田
従業員の方達が。

濱田
ええ、本当にドアマンも1000人以上の方を覚えていますし、本当に何度か来ていただければ必ず顔と名前は一致しています。そういう意味ではマニュアルが必要ないんですね。この方がどういうお料理をご要望か、どういうご趣味をお持ちか、どういうことをオーダーされるかっていうのはわかっていなければいけないというのが基本的なスタンスです。逆にいうと若い人たちはそこまで行くのが大変なので苦労するんですけど、お客さまに鍛えられているというか、そういうところがあると思います。我々が教えるのではなく、従業員はお客さまに鍛えていただいています。

内田
それは単なるしつらえだけの話ではなくて、まずは人ありきですよね。

濱田
サービスも料理も全部そうですね。料理もよく昔のものを出しますっていうと「昔のレシピが残ったんですね」っていう方がいらっしゃいます。でも全然違いますから。レシピで料理はできないんですね、レシピなんていくらでも公開できます。でも料理は先輩から後輩にちゃんと自分の舌で伝えないといけないので。私どもはサリー・ワイル以来ですね、ずっと先輩の料理長から舌で味を伝えていますと、自信を持って言えます。


伝統あるクラシック・ホテルの「食」。ドリアはホテルニューグランド発祥の料理の一つ。初代料理長だったスイス出身のサリー・ワイルが体調を崩したゲストの「喉に通りの良い料理を」というリクエストに即興で応えたのがその始まり。開業時のメニューに「メニュー以外のいかなる料理にも応じる」というメッセージにそのホスピタリティが表れています。

内田
私もとてもホテルが好きで、取材などで世界中の良いホテルに泊まった経験があるんですけど、行って思うのはホテルのコアコンピタンスっていうのは何かっていうと、人であり、その人たちが醸し出すサービスであり、ホスピタリティですよね。ホテルニューグランドたらしめるホスピタリティっていうのはどういうものですか?

濱田
なかなか難しいですが、我々がやっぱりたち戻るところは初代料理長のサリー・ワイルなんです。彼が「コック長はこのメニュー以外のいかなる料理にもご用命に応じます」とメニューに残しているんです。これは1927年の当時にそんなことを言っている人がいるというのはすごいことで、今の経営コンサルタントが言っているわけでもなく、しかもそれを実践しているわけですから。そういう意味ではサリー・ワイルの思いをきちんと守っていくというのが我々の大事な仕事なのかなと思います。

内田
そういうワイルさんのホスピタリティを継承して、自分たちのホテルのサービスまで落とし込んでいこうということですけど、具体的なエピソードとしてこういうサービスを自分たちができるんだというものはありますか。

濱田
私自身の体験なんですが、先日銀婚式のお客様がいらして、お祝いをしたいということで、もちろんその方はニューグランドで結婚式を挙げた方でした。私から「よろしければ結婚式のメニューを出しましょうか」と申し上げました。もちろん人数が多くなければできないものもありますが、基本的には結婚式のメニューをその通りの味のまま出しました。特に奥様は当日に食べられなかったということで、25年経ってやっと食べられたとすごく喜んでおられたのですが、そういうのはできますね。新しいものはあまり得意じゃないかもしれませんけど、そういうきちんと味も含めて大事に守っていくっていうことは我々ができる一番いいサービスと思っています。やはりクラシックホテルでもどうしても途中で途切れてしまうことがあるんですよね。皆さんもちろんすごく苦労してそれを復活させているんですけど、私たちは間違いなくサリー・ワイルから次々と総料理長が変わるたびに味が伝わっているということを自信を持って申し上げられるので、それが一番のこのホテルの特徴と思います。

内田
ホスピタリティという言葉もやはり今様々な捉われ方をしていて、しかもこのインバウンド時代になってくると、ずっと守り続けてきたウエットであり伝統的なサービスっていうのは個人的には好きなんですけど、多様なニーズっていうのがこれから求められてくると思うんです。そういう意味では新しいテクノロジーと伝統的なホテルの融合っていうのはどんな風に濱田社長の中でイメージされていますか。

濱田
そこが一番難しい課題だと思います。まず一つは、我々はどういうホテルなのかっていうことを国籍を問わずきちんと発信すべきだと思います。このホテルを理解していただけない方に来ていただいてもご満足いただけないと思います。我々はこういうことができる、あるいはできないというのをきちんとメッセージとして発信する。そのために例えばSNSを使ったり、あるいは東南アジアのブロガーの方もお泊りいただいていますので、そういう方にも我々のメッセージをお伝えして、それを広めていただくということが大事なのかなと思いますね。

内田
やはりそこは情報を発信して、自分たちのホテルというものをわかりやすく説明していくということが一つ課題であるということなんですね。クラシックホテルというものの価値を再評価しようというので、皆んなで集まってチームを作ろうという流れがあると伺っているんですが。

濱田
そうですね、クラシックホテルの皆さんと勉強会を始めたりしていまして、クラシックホテルの良さというものを内外にアピールしたいっていう強い思いを私は持っています。そうしないと本当にクラシックホテルを、明治以来の先人たちが苦労してここまでつないできたのに、どんどんクラシックホテルの数も今10くらいしかないんですけど、それがまたどんどん減るのではないかと思っています。実はそのクラシックホテルというのは、日光金谷ホテル、富士屋ホテル、雲仙観光ホテルなどいろいろありますが、それぞれすごく歴史があります。それからその歴史を守るためにすごい努力をしています。これをやはり我々が学んでいきたいという思いがあって、クラシックホテルという文化が日本にちゃんと伝わっているんですよということをアピールできればですね、単に古いだけじゃないということをもっと理解してもらえると思います。

内田
本当に貴重なホテルですから遺していただきたいと思いますが、これからのホテルニューグランド、未来の姿というのは一体どういうものになっていくんでしょうか。

濱田
何か新しいことをやってお客様を惹きつけるということより、今まで我々が守り続けてきた伝統というのをいかにこれから後世につなげていくかということが大事だと思います。「古いものこそ新しい」ということをいかにして世の中にアピールしていくかということは大きな課題だと思っています。

内田
「古いものこそ新しい」…

濱田
そう自信を持って言いたいですが、まだ中途半端なので、これから自信を持って言えるように頑張っていきたいと思います。



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