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神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

3月31日放送分
「独自の教授方法で躍進するギター教室」 ↑メニューへ戻る

ゲスト
株式会社新堀ギターアカデミー
代表取締役会長 新堀寛己さん



独自に確立させた教授方法で音楽教室を拡大展開する新堀ギターアカデミー。これまでになかったアルトギターの開発、重奏や合奏を楽しむことを目的としたレッスン、グローバルな教室展開。スタジオには新堀寛己会長を迎え、躍進するギター教室事業と音楽教室の未来像について伺いました。

我妻
「新堀ギター」と書かれた看板よく拝見するんですけれども、そもそもどういった会社なのか教えていただけますか?

新堀
一口で言うと、音楽を一握りの楽しみではなくて、「新堀メソード」を使ってどんな人も音楽が楽しめるような社会をつくりたい。そういう人が集まりましたから、受付から経理に至るまで全部音楽家が経営しているという会社なんです。

我妻
経理の方まで音楽家なんですね。

新堀
そう。銀行の方来ていただいたりとかいろいろやったんですけれども、数字については専門なんですけれども、内容が意味するものについてはね、やっぱりちょっとわからない。ですから、もしうちの会社がいろんな点で他と比べて優れているのは、音楽家で一つの理想に向かってやっているという理想に向かう情熱というものが強いんじゃないかなと。創立したときは、そんなこと全然考えてなくて、生活化しようといきましたけど。やっぱり音楽によって健康から、生きがいづくりから、幸せ感ですね。幸せ感というものを誰もが持ってもらおうとして始めたんですよ。

内田
新堀さんは、なぜ音楽教室を始めようと思われたのか。それが、なぜギターだったのかというところをお伺いしたいのですけれども。

新堀
歳がばれちゃうなと。小学校4年の時に集団疎開しました。そしたらですね、あぶれちゃった男子が23人いたんですけれども、それがさらに山奥に行って本校に通えない子供たちを教える分教所の2つあるうちの1つを東京から畳持ってきて敷いて、そこで23人が共同生活を始めたんですね。で、そこにある人と楽器、歌でもって合奏をはじめたんですね。ギターがあるとすぐ歌う人は出てくるし、他の楽器とも合うし、ギターの行くところどこでもいろんなことができるんですよ。それに、ギターとピアノだけが、メロディー、ハーモニー、リズムがあって、音楽の3要素を1つの楽器でできちゃうから便利なんですね。そういう意味でギターはみんなをつなげるのかなと思って選んだんですよ。

内田
ギターで教室を開こうとされたんですよね。

新堀
運がいいんですね。私の家のすぐそばに戦後の古賀ギター学院、最も名の知れた…

内田
古賀政男さん?

新堀
そう、古賀政男さん。後にそこでも大分仕事をさせていただいたんですがね。そこにとても優秀な先生たちがいて、みな教鞭をとっていらっしゃって。その先生たちがみんなね、素晴らしい教室をやっていたんですよ。ですから、自然に僕も過程を修了したら教室をやりたい。で、やるなら僕が理想としている、他の教室とはちょっと違う教室を作ろうと思ったんですよ。というのは、当時、教室がいっぱいあるんですけどAの教室からBの教室に移ると、全部一からやり直しなんですよ。もちろん引っ越ししちゃったら一からやり直しでしょう。だから、高校3年の時、お金を取るんじゃなくて、いろんな人に奏法で教えてみたんですよ。何の興味もない友だちをみんな強引に入れて。僕は「新堀メソード」という理想のメソードをつくったら、僕の教室はどこへ引っ越ししてもすぐ、ロスなく習えるようにしたい。随分小さいころからそう思っていました。


「新堀メソード」では演奏法を簡易に統一、また独奏でなく「ギターアンサンブル」という新しい演奏の形を生み出し、「楽しむことを共感する」ことで教室も拡大展開していきました。

内田
すごくそういう意味では合理的に学んでいただこうということを若いうちから気が付いてやっていらっしゃったと?

新堀
なぜ、そうなっていったかというと、やっぱり、原点のみんなで合わせる喜びですね。みんなで合わせる喜びというのは、みんなそれぞれがですね、勝手な音を出しちゃったらダメなんですよ。ですから、ちゃんと音符の面でも楽器の面でも奏法の面でもひとつひとつ共通性のあるものを作っていかなくっちゃいけないなと思ったんです。

内田
今のお話を裏返すと、その他のギター教室さんは、キストもなく、その時のノリといいますか、そういう風に教えていたんですか。

新堀
今でもそういう人はいますから。ほとんどが一代で終わり、自分の娘や息子は、お父さんの仕事は嫌だと。これは、うまくいかんと思ったんです。

内田
ちゃんと引き継げるものとして、確立していないわけですね。

新堀
だから「看板たくさんありますね」っていわれますけれども、看板はほっといたら一か月でなくなっちゃいます。それぐらい、1年も10年も続けるというのは、そこに教室があって先生が辞めないでいる、で、新堀ギター教室はどこへいっても奏法が同じ、楽器も同じっていう風にしたかったんですね。

内田
最初は仲間、お友達を集めて、教室に入れて、半ば強制的に入れてしまってやっていたと。じゃあ、この仲間同士の教室からビジネスとしての教室に移行していったというきっかけというか、これはやっていけるという風になっていったというプロセスは…

新堀
いいことを質問しますね。僕がみんなとやりたいということは、専門的に言うと、アンサンブル、オーケストラじゃないですか。せっかく教えて出来上がっても、1人辞め、2人辞め、と人が1人でも辞めちゃったら、壊れちゃうでしょう。そうするとやっぱり、このオーケストラを維持するためには僕と一緒ににやってくれる人の生活の面倒まで考えなくちゃいけない。そのオーケストラのメンバー、すなわち先生のための教室を作っていったんです。ですから、今度は生活が保障されるから簡単に辞めない、簡単に辞めないからオーケストラがどんどん進歩する、進歩して楽しいから先生がお弟子さんを作る。それを今日までやってきたわけです。

内田
続けさせよう、辞めないでね。音楽をずっと続けてもらうために動機のところから考えられていたのが、新堀メソードであると?

新堀 そうです。いろんな問題はありますよ。例えば女性は手が小さいとか、握力が弱いでしょう。子どもはなお小さいでしょう。だけど、当時のギターは1種類しかなかった。

内田
私もギターやりましたけど、もう早々に挫折をしてしまいまして。

新堀
世界の名器は、みんな外国人の大きな手を基準にして作っているんで、僕は大胆に体に合わせたオーダーのギターを作ったんです。そうすると子どももどんどん弾けるし、お母さんもどんどん弾けるでしょう。そこが他と差をつけたもとですね。ビジネスとしての成功も具体的についてくるわけですよ。というのは、今まで教室だったら、1人の生徒さんが1台のギターで。うちの音楽院はこんなギターもあるし、こんなギターもあるし…でしょう。時にはこういう音のギターが好き、時にはこういうギターが好き、という人が出てくるじゃないですか。ひとりの人が2本も3本も楽器を買っていただけるじゃないですか。そうすると教本から何からね。

内田
収益的にも経営を支えるという面でも、楽器をたくさん買っていただけるというのは大きいですよね。

新堀
それを最初にやったわけではないですよね。なんとかしてオーケストラをもっといいものにしよう、もっといいものにしようというんで、楽器なんかを開発していったら、今まで全然やれなかった女性や子たちもどんどん入れるようになったんです。それでハッと気づいて。

我妻
それでも揺るぎない理想があったからこそなんですよね。きっと。

新堀
今でも経営のポイントは?って言われるとですね、そういうことですね。数字は確かに、損益分岐点とかそういう言葉も覚えましたけどね、だけどそれだけをあまりにも全面に出して、音楽をやって音楽によって社会に生きがいというものをつくろうとかいうのが陰っちゃうとダメなんじゃないかとぼくは思っています。


ギターアンサンブルの演奏会は海外でも人気が高く、教室には海外からも生徒が入学、また教室の海外展開も行っています。

我妻
これまでに国内だけではなく、海外のおよそ20か国でも演奏会を開催されているということなんですが、みなさんの反応はいかがですか。

新堀
日本が大好きという人が非常に増えているところに、日本の音楽もギターオーケストラでやるから、大好きな日本の文化、心の表現もオーケストラというフルハーモニーで聞けるっていうことでの感動が、どこでも素晴らしい。

内田
我々の感覚だと新堀ギターさんって、ブリキの看板のイメージで…

新堀
ブリキときたな。

内田
失礼しました。私の年齢が分かってしまいますね… 最近の看板はすごく洗練されていますけれども、昔、赤と白のというイメージがあって、いったいどのようなビジネスをしているのか、実態がなかなかわからなかったんですけれども、きょうお話をお伺いすると、すごく着々と経営を伸ばして来られて、今のこういう状況の中でも生徒さんが増えていて、海外展開もグローバルにやっているという。これ、ずっと緩やかな右肩上がりだったんですか。

新堀
かなりデコボコしながら、トータル的に深く広がっているって感じですね。

内田
新堀ギターの未来の姿というものは、どういうものになるんでしょうか。

新堀
いいチャンスなんです。世界の人が日本の文化で心を癒したいという人がいっぱいいて、そういう追い風をいただきながら新堀ギターは、日本の心の優しさであるとか潤うことのできるいろんなものをギターのフルハーモニーに乗せて世界中に広げていきたいなと思っています。もう一つは、セラピーの世界ですね。音楽療法、ミュージックセラピー。今、聞いて楽しい生きがいがあった、良かった、おしまい、じゃないんですよ。そうなると人間ってどうなるかっていうと若返る。ですから、もうちょっとみんなが音楽をただ楽しいだけでなくて、人間を若返らせて元気に、健康長寿ですね。健康長寿のためにもフルハーモニーのギターを聞いて欲しい。そういう専門の分野も猛烈にチャンスがあると思うので、健康長寿っていう点からも未来をつくっていきたいと思います。



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3月24日放送分
「開幕直前!チーム強化を支える球団経営」 ↑メニューへ戻る

ゲスト
株式会社横浜DeNAベイスターズ
代表取締役社長 池田純さん

【プロフィール】
1976年横浜市出身 早稲田大学卒
住友商事・博報堂を経て2007年にDeNA入社
執行役員マーケティングコミュニケーション室長などを経て2011年12月に横浜DeNAベイスターズ代表取締役社長に就任任


開幕直前のプロ野球・横浜DeNAベイスターズを特集。参入から5年、観客動員数の増加や横浜スタジアムTOB成立など挑戦を続けてきた球団経営。勝利への追い風が吹く中で、池田純社長が考える球団の未来の姿とは。攻めの経営戦略と独自の「コミュニティボールパーク化構想」について伺いました。

我妻
プロ野球球団と言いますと、どうしてもまず監督だったり選手の顔が浮かんでしまうんですが、そもそも球団経営とはどのようなことをされているんですか?

池田
他の企業とそんなに実は変わらないと思います。マーケティングをしっかりして、お客さんのことを分析していろんなグッズを作ったり、イベントを作る。一つ大きく違うのはチームというものがあるというのは、他の企業さんと全く違う部分かと思います。

内田
DeNAがこのプロ野球界に参入して5年目ということで観客動員数が1.5倍以上になった。非常に評価が上がっているところなんですけど、動員数を上げていくというのはどんなことをされたのですか?

池田
まず結果が出ているのは経営の部分だけでして、チームの結果というのはまだ全然出ていないんですよ。そのチームというものが結果を出すというのは4年前我々が参入した時、少し時間がかかるんじゃないかなと思っていました。それでその間にしっかりと経営の数字を良くして、お客さんに来てもらえるようなチームと球団になるというのが目標で、そのためにいろいろマーケティングを駆使した。特に1998年(日本シリーズ優勝)というのはすごく盛り上がっていてですね、そのあとずっとチームと球団経営というものが低迷するんですけども、そこから長い低迷の中でお客さんも、人気も、観客動員数も全部失っていったっていうことだったと思うんです。

内田
それを振り返って、その観客がどんどんいなくなっていった理由は何だったんですか?

池田
やっぱり球団経営がきっちりしてない、別にあの当時のことをこうどう批判するとかそういうことはないんですけど、当時のいろんな事情があると思うので、いろんな方々が一生懸命頑張ってこられたんだと思うんですけど、結果として球団経営というものがしっかりとしてこなかったので。それが屋台骨だと思うので。会社がしっかりしてない中でチームという大きな要素がですね、歯車がかみ合わなかったんではないかなという風に思っています。

内田
そのチームと経営をかみ合わせていくということを池田社長はおやりになったと思うんですけど、例えばどういうポイント?

池田
まだでもかみ合っていないんですよ。まだチームは6位・5位・5位・6位なので。

内田
そこはチームが強くなって初めてかみ合ったと言えるということなんですね。

池田
経営はご評価いただけるようになってきているんですけども、チームというのはやっぱり順位が全ての部分があるので。

内田
そうですね、スポーツですからね。勝って…

池田
「勝ってなんぼ」。チームが勝たなきゃいけないというのはもうこれはプロ野球であってスポーツである以上、必然というか当然のことだと思うんですよ。ただ1回勝って終わり、というものではないので、それが繰り返されていくためには、背景にしっかりとした経営ができるという状態、それが地域の生活とすごく密接にある。そういう状態を作るということ、この2つを成し遂げるということがすごく重要だと思います。

内田
もう一回聞きたいのは、その「しっかりとした経営」というのは、わかりやすい言葉で言うとどういうことなんですか?

池田
最低限黒字。やはり人の夢を追っているビジネスですので、そこですごく利益を出すということはなんとなく私はそぐわないんじゃないかなと思っています。これまではですね、横浜のプロ野球というのはチームに、選手に投資をしてこれなかったんですよ。

内田
お金が足りなかった?

池田
あの30億円近い赤字なので。その中で選手に数億円とか、チーム全体では20億30億かかるのがプロ野球の世界ですので、チームにしっかり投資できるというのはまずこれ最低限必要なことだと思うんですよね。そのために黒字の最低限の経営を成し遂げて、そこからしっかりと売り上げ、利益を作っていける部分でチームにまず投資をする。その次のステップとして球団の経営とか球団の人材にもっともっと投資をしていかないとしっかりとした強さを持ったプロ野球チームというのが安定して運営できない。

内田
いい選手にきちっと投資をし続けるためには、まず最低限観客動員を上げていくと。

池田
そうですね。プロ野球経営で一番のキー指標というのが観客動員数。それによって今回スタジアム(運営会社)を買収しましたけれども、飲食の売り上げが付いてきたりですとか、グッズの売り上げが付いてきたりですとか、観客が多ければスポンサーさんも増えて行くという好循環が生まれますので、まずは観客動員数、はい。


内田
離れていってしまった観客たちを球場に呼び戻すというのは簡単ではなかったと思うんですよね。どんなことをしてきました?

池田
まずはターゲットですね。僕は企業の経営というのはマーケティングが基本だと思っていますので。「プロ野球ファン」という風にターゲットを置くとすごく狭いんですよ。そうすることによって今の球団経営、4年前に数字が下がってきた中にあったので、そのターゲットを「エンターテイメントを楽しむ人」に置き換えたんです。そうすることによって、370万人近くの横浜の方々すべてがほぼターゲットになってきますし、そういう方々に来てもらえる野球場にしていこうというのが最初の考え方です。毎年球団の職員とアメリカ行くんですよ。最初の時に驚いたのがアメリカの球場行って、みんな野球見てない。

我妻
そうなんですか! じゃあ目的は何なんですか?

池田
野球をつまみに会話を楽しむとか、その球場の雰囲気を楽しみに来ているんですよね。そこで飲んだり、人としゃべったり、ご飯食べたり、家族の時間を楽しんだり、そこにいるのが楽しい、その雰囲気が非日常で楽しいっていうことだと思います。

我妻
日本のスタジアムの印象とだいぶ違いますよね。

池田
日本のスタジアムは「応援しに行く」、っていう印象なので。何か1個をモチーフにするんじゃなくてですね、いいとこ取りだと思うんですよ。アメリカっていうのは良くも悪くもですね、野球の先進国的に見えるんですね。いろいろな制度も進んでいるし、ボールパークも進んでいるし。そのアメリカのいいところを横浜に持ってきて、自分たちのオリジナルにしていきたいと思っています。


横浜スタジアムTOB成立を機に発売されたフォトブック「BALL PARK」。メジャーリーグなどを参考に描かれた「“夢の”横浜スタジアム」の未来予想図です。座席をチームカラーである“横浜ブルー”へ統一するなど「カラー」や飲食の充実、歴史を感じさせる工夫など、“9つの夢”が詰め込まれています。

我妻
ボールパーク構想の一つが色の改革ということで、球場全面青にするということなんですが、横浜の方って青が好きな方が多いという風に前聞いたことがあるのでますます一体感が出て盛り上がりそうですね。

池田
そうですね、カラーコミュニケーションって我々は呼んでいるんですけれども、やはりカラーでコミュニケーションするってすごく強烈なんですよ。今年からビジター、横浜球場で着るユニフォームじゃなくてビジターに行った時に着るユニフォームなんですけど、青にしてですね、今まではみなさんホーム用のユニフォームを買われるんです。それは白基調なんですよ。白基調のユニフォームを着るのもすごくいいことだとは思うんですけれども、やっぱり白い球場になるんですね。ビジターのユニフォームを「DeNA」っていうロゴを止めて「YOKOHAMA」にしてですね、もっとこう広めるようにして、みなさんにビジターのユニフォームを着てもらうことによって横浜のボールパークがもっと青色になるんですよ。ユニフォームでのコミュニケーションというのも今年始めた一つですね。

我妻
ユニフォームに「YOKOHAMA」とあえて打ち出したということですけれども、やっぱりロゴを外すっていうのは大きな決断だったんですか?

池田
会社のロゴを外す、もともとは4年前に(球団を)買った時にDeNAの認知をしっかり広める、その役割は終わったと思っているので。ここからは横浜DeNAベイスターズという横浜の会社が、横浜スタジアムを買収したことによって黒字の道筋も作れたので、しっかりと横浜に根付いていくということを主眼に置く方が重要だという意思決定ですね。

内田
(横浜スタジアム運営会社を)TOBをすることによって黒字の道筋が見えてきたというお話があったんですけれども、やはりこれはTOBっていうものが必然だった、必要だったということですか?

池田
私が社長になった時からこの2社の構造っていうのは絶対変えなきゃいけないだろうなと思っていました。それで去年ですね、ほぼ観客動員数が天井叩いてしまって、それでも数億円の赤字。

内田
もうマックス入っても赤字と。

池田
赤字。それでこれから選手年俸が数億円単位で増えていくことを考えると、やはりこのタイミング。私は個人的には5年目には必ず成し遂げたいと思っていたので。

内田
その黒字をですか、TOB?

池田
黒字、TOBというか一体経営化ですね。その2社で、スタジアムとチーム会社が分かれているという状態から、やはり自分達が野球やる場所ですし、一体経営化する。これを成し遂げることによってより強いチームになっていくための経営の土台が作れるので、これを5年以内には必ず成し遂げたいと思っていたので。去年観客動員数がほぼ満員、ほぼ天井を叩いていたので、去年やるタイミングが来たという。はい。

内田
それは観客をここまで伸ばしたという努力が認められたという、そういうことの結果としてのTOB成功という流れっていうのがあった?

池田
はいそうですね。やはり賛同を得られないとTOBっていうのは成立しませんし、特にほとんどの方々が個人の横浜の方々ですので、やっぱり球団がしっかりして、じゃあ球場も任せてやるよと言っていただけないとTOBは成功しなかったと思っていますので。

内田
じゃあ嬉しかったですね。

池田
そうですね。賛同を得られたということだと思っていますので。はい。

内田
その動員数をまだ増やしていこうという、ファンを増やしていこうというところで帽子を配っている、小さい子どもに配ったということですよね?

池田
そうですね。神奈川県中の子どもに。72万個ぐらいなんですけれども作って、いろいろ協力いただいて、学校、保育園、幼稚園に配らせていただきました。

内田
72万個配るって結構な投資ですよね。

池田
配送も含めて数億円かかるので、はい。

内田
でもやはりそれは必要だと

池田
私が小さかった頃に外で遊ぶ象徴だと思うんですよね。帽子っていうのが。母親に暑いからとか頭怪我すると危ないからって帽子をかぶせられて遊びに行く。今やはり子どもの運動能力っていうのも低下してきているので、

内田
外で遊ぶ機会が減っているって言いますよね。

池田
必ずしも別に「野球やってください」っていうことではなくて、もっとその前の段階で良いので子供たちにスポーツに触れる、運動してもらう、その象徴として帽子を使ってもらえればありがたいなっていう、はい。

内田
そういういろいろな努力は強いチームを作っていくっていうところに目的としてはあるということで、もうちょっとで開幕ですね。今シーズンの意気込みというのはどういうところにあるんですか?見どころといいますか。

池田
見どころというかですね、勝たなきゃいけないっていう思いが球団職員もそうですし、チーム全体に強くなっていると思います。こんなにお客さんに来てもらって、もう是が非でも、勝って結果を残さなきゃいけない。その先にしか未来を語る資格はないと思うんですよ。



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五光発條(横浜市瀬谷区)

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ノスタルジックな雰囲気で
ゆっくりとした時間が過ごせます。
「定食のメンチカツ」
大きめのサイズとジューシな味わい、
添えられたポテトサラダとスパゲッティ、
味噌汁がアットホームな組み合わせ。

3月17日放送分
「横浜生まれ・世界屈指の種苗企業の新たな取り組み」↑メニューへ戻る

ゲスト
神谷コ株式会社サカタのタネ
代表取締役社長 坂田宏さん

【プロフィール】
1952年鎌倉市出身 慶応義塾大学経済学部卒
第一勧業銀行を経て1981年に坂田種苗(現:サカタのタネ)入社
2007年同社代表取締役社長に就任


花や野菜の種を扱う世界屈指の種苗企業・サカタのタネ。1913年、横浜で創業。400品種の野菜と1200品種の花を扱っています。国内で流通するブロッコリーの75%、ほうれん草の50%のシェアを持ち、アンデスメロンの品種開発でも知られています。その強みは徹底した研究開発と「オリジナリティ」。新たな品種開発の裏側や家庭でのガーデニング向け新サービスに込めた想いなど独自の経営について坂田宏社長に伺いました。

我妻
スタジオにサカタのタネで販売している種の一部を並べてみましたが、すごい数ですよね。

坂田
そうですね、これはほんの一部ですけど毎年さらに新しい品種というのも出てきますので、さらに増えてはいますけれども。

内田
坂田社長は「うちの強みはオリジナリティ」とおっしゃっていますが、このオリジナリティというものを支えているものは何でしょうか?

坂田
これは私ども大正2年の創業で103年目を迎えていますけれども、言うなれば当社のDNAなんです。つまり我々社員の中に流れている根底だと私は思っています。具体的には研究開発をするブリーダーという人間がいます。そのブリーダーが目標を立てて育種をしていくわけですけど、その目標が「他にないもの」「新しい花」「新しい野菜」を作るんだ、ということですね。

内田
そんなに簡単なことではないと思うのですが、ここの秘訣というのはどういうものなのですか?

坂田
やはり研究するには目標を作ります。例えばトマトで他にないものという一つの目標としては、トマトにはいろんな病気がありますので、「こういう病気が出てきました」「じゃあそれに強いもの」。これも一つのオリジナリティですよね。他の品種は持っていないけどこの品種はそれの耐病性を持っているとか、抵抗性を持っている。これだけでも非常にオリジナリティになるんですね。これは一つの例ですけど、そういったことで品種をさらに良くしていく。いろいろな形質をプラスするというのも一つですし、全然他にないタイプを作るというのもあります。


2005年に発表されたサンパチェンスはサカタのタネが品種開発したオリジナルの花。その高い成育力と真夏の暑さにも耐える強さ、そして水質の改善という驚きの能力を持っています。

我妻
強くてきれいなだけじゃなくて水質まできれいにしてくれる花があるとは知りませんでした。このサンパチェンスは国内だけじゃなくて欧米でも人気が高いと伺ったのですが。

坂田
はい、その通りです。サンパチェンスの特徴である「環境に非常に優しい」ということと、それから株が非常に大きいですから見た目も目立つわけですね。ですから欧米などの場合には例えば公園ですとか道路の植栽ですとか広い面積での植栽というのが多いです。

内田
新しい品種を作り上げるというのはどういうプロセスを経て作られるんでしょう?

坂田
全体を考えますと10年から15年、一品種を作るのにかかると思います。まずは研究陣が何かをやるというときにはそれに対する目標の設定、どういうものを作るか、10年後、15年後にどういうものを作るか。それで素材集めから始まります。その中で自分たちが目標としている形質をもった植物体を毎年毎年選んでは世代を交代して何回も何回も繰り返していく。

内田
交配を繰り返していく?

坂田
交配というか、選抜を繰り返していくんですね。

内田
規模感が分からないんですけど、様々な品種の種と言いますか、実験をしているわけじゃないですか。最後に残るものというのはどのくらいの割合になるんですか?

坂田
そうですね、9割、9割5分以上は捨てているでしょうね。

内田
ほとんど捨てるわけですね!

坂田
やはり一番いいものを選抜していくわけですから。

内田
何年もかかって完成するわけですよね。その時に世の中の人が「これが欲しかったんだ」「こんなの食べたかったんだ」というタイミングに合わせていくというのは至難の技ですよね。

坂田
そうですね、いかに予測をしたものが将来に当てはまるかというのは。ですからある程度、10年、15年ですから当然、何年か毎にそういった(トレンドが)分かるわけですよね。ある程度最初のところは幅を広げて変化に対応できるようなものを作っていくわけです。その後は絞って行きますけど。


サカタのタネで販売されている特定の苗についてスマートフォンから園芸の専門家に相談できるアプリ「サカタコンシェル」。家庭でのガーデニングや家庭菜園を行う方のために4月からリリースされる新サービスです

我妻
コンシェルジェサービスがあると思うと「うまく育つかな」という不安を取り払ってくれるので家庭菜園に挑戦しやすいですよね。

坂田
やはりガーデニングをやられる以上、成功体験、成功していただきたいという思いが強いんです。いろいろな気候とかありますから一概には言えないんですけど、せっかく種を蒔いた、植えられた、だけど失敗しちゃった、というのは次につながらない場合が多いので、(ガーデニングを)やられるからには成功していただきたいと。そのためのサポートをうち(サカタのタネ)でやりましょうというのがコンシェルジェサポートであるわけですね。

内田
(サカタのタネの)売り上げ構成を見てみると8割がBtoB=卸しですよね。その中でこの家庭向け園芸というもののサービスや商品を充実させていこうというのはどういう狙いがあるんですか?

坂田
小売部門ですね。これは私どもにとって大変重要な部門です。そこには1店舗ですけど反町にガーデンセンターをやっていますし、それから通信販売をやっています。BtoBと言われましたが、確かに卸し=BtoBなんですけれどもプロの生産者さんが作られた野菜、あるいは切り花、あるいは鉢物、そういったものが最終的に消費されるのは最終消費者なんですよね。野菜だったら食べられるのは最終消費者ですし。そういった中で私どもは研究開発をするにあたっていろいろな情報が必要になります。ですから最終消費者の情報というのが大変重要なんです。そういった情報を直接私どもが入手できるのは小売のところなんですね。最終消費者の方々が通販の会員であり、ガーデンセンターのお客様になるわけですからいろんな情報を聞くことができる、そういったアンテナ的なところも非常に重要になります。

内田
今のお客さんというものを見ることによって将来の見通しも立てやすくなるし、そういう情報というのは重要ですし、(小売が)そういう拠点になっているんですね。サカタのタネが目指す未来の姿というのはどういうものになりますか?

坂田
私は常々申し上げているんですけど、現在も将来もさらに重要になっていくと思いますが、「花というものは心の栄養、野菜は体の栄養」だと思います。企業としては世界にこういった栄養、そして笑顔というものを届け続けることができる企業でありたいと思っています。



tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

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「ビジネスのヒゲ」
3Dプロの機材を身近に提供するラボラトリー
シークラボラトリー(横浜市中区)

明日の経済を胃袋から支える「明日メシ」


「バベル ベイサイド キッチン」(横浜市神奈川区金港町)
テラス席もあるオシャレな雰囲気のレストラン。
「サーロインローストビーフの炭火焼」
柔かい食感とお肉の旨味!
疲れた体にご褒美ランチです。

3月10日放送分
「サプリメントで人々の健康をサポート~会社経営も「健康」がキーワード」 ↑メニューへ戻る

ゲスト
株式会社ファンケルヘルスサイエンス
代表取締役社長 青砥弘道さん

【プロフィール】
1971年生まれ 筑波大学大学院バイオシステム研究科修了
キリンビール(株)を経て2000年 (株)ファンケル入社 
2006年 (株)ファンケル発芽玄米・代表取締役社長 
2014年 (株)ファンケルヘルスサイエンス・戦略推進本部 本部長
2015年8月に同社代表取締役社長に就任


サプリメントなどで人々の健康をサポートするファンケルヘルスサイエンス・ 青砥弘道社長にインタビュー。1994年に化粧品から健康食品市場に参入。そのサプリメントは体に最適な量と効果の持続、効率の良い吸収という「体内効率」にこだわって作られています。

我妻
ファンケルヘルスサイエンスと他社との違い、そしてこだわりというのが「体内効率」ということなんですが、そこに着目した理由は何だったのでしょうか?

青砥
ファンケルがこの健康食品市場に初めて入った時には「価格破壊」という、低価格、これまで高いと言われていた健康食品を適正な価格で提供するというコンセプトで入ってきました。その結果市場がかなり広がったんですが、同時にいろんな会社様が参入してきまして結局、価格競争ですとか機能成分の配合量、いかに多くするかという競争に入ってしまいました。ファンケルもその競争に入るかどうかということを考える時に創業理念であります、不満ですとか不安と言った「不」の解消を目指して、安心・安全・優しさを追求するという、これが創業理念なんですが、これをもう一度立ち返って考えてみたんです。その時に量が多いのが本当に良いのかという考えになりまして、やはり症例を見てみますと過剰摂取でかえって害になることもあるとわかりまして、やはり適正な量を、しかもきちんと届ける。サプリメントは量を多く摂ることが目的ではなくて、きちんと体で利用されることが目的ですので、そういったところに立ち返って考えたというのが最初のきっかけでした。またさらに成分をどんどん研究していきますと、例えばビタミンCみたいに水溶性ビタミンというのは、なるべくちょっとずつ長い時間をかけて吸収させるのが良いんですね。ただちょこちょこ飲むというのはなかなか難しいので我々は徐々に溶け出すように、体内に入ってからも徐々に溶け出すように加工したり、吸収性の悪い成分につきましては水に溶けやすい加工をしまして体にきちんと吸収されると、そういうような加工をしたり、さらには乳酸菌のように胃で溶けてしまうと腸には届かないというようなものに関しては胃で溶けずに腸で溶けるという風な加工をしたりとかですね、それぞれの成分に合った加工を施すというこだわりを持っています。

内田
サプリメントの先進国というとアメリカというイメージがあります。そこではものすごく厳しい規制があって作っている。日本ではサプリメントに対する規制がどこまであるのか消費者はなかなか分かりづらく、本当に良いのか悪いのかという選択が非常に難しかったんですね。そういう中でファンケルが1994年から積み重ねたものの試行錯誤が随分あったということですよね。

青砥
そうですね。もともと価格を適正な価格にと言った時に同時に当時の健康食品というのは「怪しい」というイメージが広がっていたんですね。我々としてはその「怪しい」という思いというか、これもある意味、不安の部分だと思うんですが、その「不」を解消するということできちっと研究所を作りまして研究開発型企業として今まで健康食品事業をやってきたという次第です。

内田
海外で輸入のものが良いと言われるけれども、でも飲むのはやはり日本人でして、日本人の体に合っているものというのがちょっと違うのかなという風にも見えるのですが…

青砥
海外のものは結構大きいんですよ。海外ですと砕いて飲むのが当たり前みたいな感覚なので。

内田
そうなんですか!一粒が大きいですよね。

青砥
大きいのがかなりありますね。クラッシャーがあって。

内田
くるみを潰すみたいに、サプリメントも潰して飲むんですね。それは知りませんでした。

我妻
サプリメントにも文化があるんですね。

内田
ちゃんと日本人に合うような形で開発して来たんですね。

青砥
粒の大きさに関しましてもファンケルでは実は研究をしていまして、小さすぎても粒数を数えるのが大変だったりとか、意外に飲みにくかったりするんです。で、大きいとやはり引っかかってしまうというのがあるので、大き過ぎず、小さ過ぎず、適正な大きさって何だ…というのをきちっと考えて粒の大きさというのを決めております。


安倍内閣の成長戦略の一つとして昨年から始まった「機能性表示食品」制度。事業者は科学的な根拠に基づいて、安全性や機能性を食品に表示できるようになりました。「何に良いのか」がわかりにくかったサプリメントに、「どの部位にどう良いか」が表示された商品が販売され始めています。


内田
去年からサプリメントは機能性表示というものができるようになったということですが、今までは何となくモヤっとして何に効くのか、何となくわかる気がするけれども…というくらいのアプローチでしたよね。それが言えるようになってきたというのはどういう変化が起こっていますか?

青砥
これはサプリメント事業が始まって以来ずっと抱えてきた悩みでして、お客様からのお問い合わせでも「こういう状態なんだけれども何を飲んだらいいか?」というお問い合わせが結構多いんですね。我々としましては、研究できちっと効果というのは見てはいるんですが、薬事法の関係でそれをPRすることはできず、お客様は「知りたい」、こちら側も「伝えたい」、こういうお互いにモヤモヤした不満というか、ここも「不」が出てくるんですけど、今回のこの機能性表示食品制度によってお互いの「不」が解消されて、お客様は自分にとって何が必要なのかを知ることができるし、我々としましても研究データをきちっと公開することによって、こんな根拠に基づいて、この商品というのはこう言う機能を謳っておりますと言えるというのが非常にありがたい制度ですね。

内田
そういう意味でいうと、サプリメントに対する信頼性みたいなものが世の中で上がってきたということですね。効果があるものなんだということが実証されてきたからこそ謳っていいという流れができてきたということですよね。

青砥
そうですね。

内田
それを作り続けてきたファンケルさんのような会社が築き上げてきたものなんじゃないですか。

青砥
そうですね。そういった自負はあります。

内田
その中で、どういった商品を(機能性)表示していこうと決めたのですか?

青砥
まず一つはオリジナリティが高いもの。やはりオリジナリティが低いと表示したとしてもいろんな競合他社さんと同じことになりますのでなかなか…というのがまず一つあります。もう一つは悩んでいるお客様が多いであろう症状に対して緩和するようなものということで考えております。

内田
具体例で言うと、どのようなものがありますか?

青砥
一番は「えんきん」という去年の6月から発売した商品なんですが、これは手元のピント調節力に良いサプリメントでして、まああの、老眼ですね、端的に言ってしまうと。この老眼の効果と言いますか、そういったところは医薬品であるわけでもなく、ということでサプリメントであくまでサポートするというような形で出せばきっと売れるんではないかと。実は「えんきん」というのは今回の機能性表示食品になる前から商品としては存在していたんです。この商品は通信販売においては売り上げも高いし、しかも継続率も高いということでおそらくこれはお客様が効果を実感されているからであろうと。これを機能性表示することによってもっと多くの方に知っていただければ必ずこれは売れるという考えで、まず「えんきん」を真っ先に出そうという風に考えました。

内田
表示した前と後ではどうですか、売り上げは?

青砥
売り上げは5倍に、お陰様で。

内田
やはり皆さん、悩んでいらっしゃるんですね。


ファンケルが社員向けに行っている「健康増進プログラム」。社員食堂でのヘルシーメニューや青汁、サプリメントの提供のほか、始業時に職場で行うストレッチ体操や、歩数などを計る活動量計の支給、食事や運動のアドバイスを行う健康カウンセリングなど、社員の健康サポートを積極的に行っています。

我妻
社員食堂を拝見しましたが、青汁が自由に飲めたり、サプリメントが置いてあったり、うらやましい限りなんですが、このような取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

青砥
今、人材不足が叫ばれていて、人材の採用というのが苦労するのならば、今いる社員に逆に病気になられると、それだけで完全な戦力ダウンになりますよね。そういったところから、まず我々自身が健康で病気じゃない社員たちに囲まれて、しっかりと皆んなが戦力として安定した力を出すためにどうしたらいいかというような考えで、社内資格なんですが「健康カウンセラー」という資格制度を作りまして、健康診断って毎年やるじゃないですか、あの健康診断の結果をもとにその健康カウンセラーと本人が一緒に話をしながら目標を設定して、「じゃあこの3ヶ月間はこれをやりましょう」と、また3ヶ月後にカウンセリングをして、3ヶ月できたか、できないか。できたとしたら次のステップとしてこういうのをしましょうとか、そういうのを二人三脚でやるという仕組みを作ったんです。

内田
それを始められて、会社の活性化と言いますか、社員の方たちというのは随分変わりましたか?

青砥
意識的に体を動かそうとするんですよ。活動量計を付けているので、定期的にウォーキングイベントをやりまして、チーム制で何歩歩いたかを競う。こんなイベントをやりながら、結構社員同士のコミュニケーションも、チーム制なので取れるようになってきたりとか、そう意味での活性化というのはあります。

内田
今、「健康経営」という言葉がすごく注目されています。やはり良い会社は社員を病気にさせないという、そういう部分が今改めて注目されていますし、投資という世界から見ても病人が続出しているような会社に投資するのはなかなか…という考え方が投資家サイドもそういう視点で見ているわけですよね。こう言う流れというのはどうご覧になっていますか?

青砥
やはり経営資源を最大限活かすのが経営者の務めの一つと思っているんですね。そういう中で経営資源ってやはり社員が非常に大きなウエイトを占めると思うので、その社員の力を最大限活かせないというのは経営者としては失格だと思いますので、その意味でも社員に全力を出してもらえるような環境を整えるというのは意識しているところですね。

内田
そういう意味でいうと、自社で行っている社員の方たちの健康管理というものが、これから必要とされてくる、面白いコンテンツになるのでは思いますが、これはどういう風に展開していきますか?

青砥
はい。実際に今回やったことによって、いろんな検査項目がありますが、項目によっては有所見という、いわゆる基準値を越えてしまう健康数値だった人間の半数がこのプログラムをやることによって基準値内に収まるという結果が出たんです。ですからそういう結果を持っていろいろな会社様に、今回我々が実際に実感したこのプログラムを企業様の方にご提案して外販していきたいと思っています。

内田
ファンケルさんが他社の社員さんの健康を維持するためのアドバイザーなり、サポーターという形でビジネスとして展開していくというイメージですか?

青砥
そうですね。今までは健康食品というものを、「モノ」を売るというビジネスやって参りましたが、これからはそれぞれの方が望む健康のあり方、これを叶えること、こういう「コト」を販売していくというような、そういうビジネスをやっていきたいと。そして最終的には健康のことで何か困ったら「まずはファンケルに相談してみよう」というような姿を最後は目指したいと思っています。



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3月3日放送分
「信号システムのトップメーカーが守り続ける社会インフラ」 ↑メニューへ戻る

ゲスト
株式会社京三製作所
代表取締役社長 戸子台 努さん

【プロフィール】
岐阜県出身
1974年 京三製作所入社
2006年 取締役 執行役員 半導体機器事業部長
2012年 代表取締役 社長執行役員就任


鉄道・道路などの社会インフラを安全に支え続ける京三製作所を特集。秒刻みのダイヤ、相互乗り入れを実現するシステムや、交通渋滞の解消と低炭素社会に貢献するシステム。スタジオには戸子台努社長を迎え、受け継がれる技術と哲学、さらに海外戦略について伺いました。

我妻
当たり前のように動いている電車ですけど、こういうシステムによって私たちの安全って守られているんだなということを知りました。

戸子台
そう言われると本当に嬉しいんですけれども、安全に列車が運行されている時にはおそらくそういう裏側で働いている信号システムというのは気付かれないと思います。

内田
鉄道各社から京三製作所のシステムっていうのは大変評価を受けて、継続的な信頼関係があるということですが。

戸子台
ありがたいと思っています。はい。

内田
これはどういうところが評価されている、そのコアコンピタンスの部分はどういうところなのかというのを戸子台社長は分析、認識されていますか。

戸子台
そうですね、そこはやっぱり個性と言いますか、違いがあって、鉄道事業者さんのそれぞれの鉄道哲学で、逆におそらく同じものを使うということはないですね。基本は一緒でもそれぞれお客さん向けにアレンジしたというか、付け加えたものになります。仕事としては非常にいろんな仕事ができますから、技術が向上しますし、エンジニアは喜びますけど、たくさん品揃えが揃うというのは商売からいうと如何なものかという話もありますが。とにかく、お客様にご使用いただきながら技術的に磨いてきたということです。

内田
そういうところの人材の育成であるとか、エンジニアに対してのフィロソフィーというのはどういうところにあるんですか。

戸子台
100年近くこの仕事をしていますので、僕は「京三DNA」って勝手に言っていますが、とにかく「安全」。これは信号のエンジニアは共通して持っている。それを実現するための技術というのはきちんと伝えていく。いま「島添塾」(信号事業部フェローの島添敏之さん)というのを作らせましてね、その専門家がいるんですけど、彼に若手に「なぜこう言う設計をするのか」とかですね、そういう教育をしながら安全を大切にしていくという、そういう技術の根幹を伝えています。

内田
変えてはいけない、安全とは何かっていう信念の部分ですよね。そういうものをしっかりと後輩に伝えていくということ。これからその鉄道信号システム、運行管理装置というのはどんな進化を遂げていくんですか?と言いますか、もうそこまで来ていて、さらにまだ進化の余地っていうのはあるんですか?

戸子台
いや、まだまだありますよ。

内田
まだまだあるんですか。

戸子台
「余地」というレベルではなくて。

内田
例えばどういうところが進化していくんでしょうか?

戸子台
例えばですね、今多くの日本の鉄道は列車の位置とかいろんなことを検知したり指令をその鉄道事業者さん専用のネットワーク、今まで有線でやってきたのを無線でやるとかですね。位置はGPSで「列車がどこにいるよ」、「もうちょっと早く走りなさい」というのは通信、携帯電話網を使う。

内田
なるほど

戸子台
これは今私たちが近くで乗っている電車で実現するにはまだまだ安全性やセキュリティで課題を越えなくてはいけないんですけど、例えばどうしても利用客が少なくなると鉄道を維持するのは大変ですから、そういったところにできるだけ重い投資をしなくても維持する、そんなにお金をかけなくても鉄道というか、そういったもので(地方を)起こしていくとかですね。

内田
本当にこれから自治体も生き延びていくのも大変で、過疎地も増えていくという中で、コストが減れば(鉄道を)維持できるわけで、それはいいですね。

戸子台
ですからまだまだですね、最高速度を上げていくとか、列車本数を増やすという方向の高度化だけでなくて、このままでは鉄道が維持できない、もしくはちょっと鉄道を走らせるにはお金がかかりすぎるという時には今言ったようなやり方が出来るのかなと思っています。

内田
今アジア各国、アジアだけじゃないと思いますけども、社会インフラの整備というのがものすごく急務で望まれている。その点で日本の技術が非常に求められているという背景があると思うんです。ただ、これまでの日本の技術の輸出というのはあまりにもハイスペックなところがあって、輸出したはいいけどなかなか使いこなせないとか、そういう部分を含めて海外展開というのは過去とこれからで何か変化っていうのは起こってきますか。

戸子台
直近ではインド、デリーに現地子会社を作りまして、インドとかいろんなアジアの国も成長というか発展著しくて、かなりハイスペックなものを安く持ってこいと言うんですね。ですから地産地消っていうとおかしいですけど、横浜でしか作れないものは横浜で作りますが、インドの現地のエンジニア、現地の工場、現地の人たちと一緒にものづくりができたら現地でやる。特にインドではモディ首相が「メイド・イン・ジャパン」じゃなくて「メイク・イン・インディア」なんて言ってますから。

内田
これまではジャパンプロジェクト、チームジャパンでインフラ整備、みんなで出て行って、その一部として役割を担ってきたというやり方だった。でもこれからは御社独自で海外に、それぞれのプロジェクトに単独で入っていくという、モノを売っていくという流れになっていくということですか?

戸子台
正確に言いますと現地に、特にインドに会社を作りますとインドで仲の良い企業が出てくるんですね。そうするともう「日本連合」という言い方をされる時も以前はありましたけど、今はもう現地に応じてその現地のメーカーさんと現地の建設会社と一緒に仕事やるとかですね、そういうことはこれからもどんどん増えていくと思います。


京三製作所が手がける、快適な社会を支えるもう一つのシステムが自動車に関する「交通管理システム」。光ビーコンが交通量を感知して信号機の切り替え時間を制御、交差点での停止回数を減らし、CO2の削減を実現しましす。


我妻
車を運転している時に青信号が続いていると今日は運がいいぞ、なんて思ったりもしましたけど、システムによるものだったんですね。

戸子台
そうは問屋がおろさないんで、きちんとあれは制御されているんですね。動いていたらうまく信号変わっていきますね。あれはたまたまそうなったんじゃなくて、そのように。

内田
その時その時で、青信号の時間を決める時代にもうなっているんですか。

戸子台
これからそういう方向になると思いますね。

我妻
素晴らしいですね。

戸子台
できるだけ最適な待ち時間で不要な待ち時間を少なくしていくというのはCO2の削減にもなりますし、人そのものの時間、無駄が少なくなりますから、その時間が早く解決されるというのは、とてもいいと思います。私は海外へは発展途上国が多いので行きますが、行ったところでどっちが1か2っていうのはこれは相手のお国に失礼ですけど、私の実感では一番渋滞、素晴らしい渋滞なのはやっぱりダッカですね。

内田
素晴らしい渋滞?

戸子台
2番目はジャカルタですね。

内田
ジャカルタは私も体験しました。大変な渋滞。

戸子台
ジャカルタはビジネスの相手とアポを取っても車の状態でどうなるかわからないので、普通渋滞がない時で30分くらいで行くところが、だいたい2時間とか2時間半とかで行きますね。その間エンジンをかけっぱなしだとCO2を出しますし。

内田
ビジネスとしての効率も悪いですし、トータルで経済損出、効率の悪さによる経済損出を考えたら大変な金額になっていくわけですよね。

戸子台
道路交通にしてもとてもいい技術はやっぱり日本にありますから、これから車が増えて発展していく国々に使っていただくようなことに力を入れているところです。基本的に今のところはとにかく鉄道信号・道路交通、それからもう一つ(装置用の)電源もやっていますけど、お客様のニーズをより深く捕まえていく。それから技術を高める、あとは海外ですけど、技術を広める、これをしばらくは続けていこうと。その中でまだ海外で他の国で「協業」と言うんですか、そういうこともあるかなという風に思っています。

内田
海外事業の比率は伸びていく?

戸子台
そうですね

内田
来年で100周年という大きな節目を迎えられるということですけれども、京三製作所が目指す未来の姿っていうのはどういうものだとお考えですか。

戸子台
一つはそのこの「100年近く培ってきた技術を役立てたい」いうこと、もう一つはその「セーフティ」というのが一番重要なモットーの一つとしてやって来ましたが、もう一つはエコイニシアティブと言っています。つまり地球環境、地球社会に優しいそういう技術ですね。その京三の技術っていうのはいいねと、安全だし、すごくそのエコだしね、っていうそういう風に世界でも思われて、事業を少しずつでも広げていきたい、そんな風に思っています。



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