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神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

11月28日放送分
「創業90年を越える老舗・工務店の今とこれから」

ゲスト
株式会社イソダ
代表取締役 磯田賢吾さん


【プロフィール】
1966年 鎌倉市出身
1989年 神奈川大学卒業
1993年 イソダ入社
2008年 代表取締役に就任


1924年、大正13年に「磯田工務店」として鎌倉市腰越で産声を上げたイソダは、1972年に株式会社へ組織変更後、1982年には当時まだ馴染みの薄かったリフォーム事業をスタート。1995年には、現在の営業の柱となる「ソーラーサーキット」という、外断熱と二重通気を組み合わせた工法の家造りを始めます。

内田
イソダさんは鎌倉に本社を構えて92年。やはり他と違うところがあるのだろうという風に思うのですけれども、何故、ここまでやり続けてこられたという風に思いますか?

磯田
特別に変わったことをしているとか、こだわりをすごく持って「これしかやらない」という風にしてきたわけではなくて、根本はやはり「地元で信頼を置ける仕事を誠実にやろう」というのが我々の会社のずっと、92年間のモットーでして、ただ単純にそれを続けてきた、という結果で今があると考えております。

内田
地域の信用・信頼というのはすごく大事?

磯田
我々地元の、地域の工務店にとっては、そこがない限りはやはり地元で仕事をさせていただけないので、そこをいかにしっかりとしたものにするか、というところを常に日頃気を付けて仕事をさせていただいています。

内田
イソダさんがされている、家を建てるというスタイルが「在来工法」と?

磯田
「木造軸組工法」と言われる住宅なのですけども、昔ながらの、大工さんが土台を敷き、柱を建て、梁をかけ、そして屋根をかけていくという、昔ながらの日本の伝統工法なのですね。これにやはり我々はこだわりを持っています。

内田
「在来工法」というと、どうしても手間もかかる、非常に難しい、こつこつと造り上げていく、ということだと思うのですけども。やはりこれはノウハウというものが非常にあるということですか?

磯田
長い年月を積み重ねてきた「職人の技」という部分が非常に大きいと思います。とは言え、今は工業化時代ですから、「プレカット」と言って、工場で加工をして組み立てる。工業化と言う意味では、やはり進歩はしています。ただ「在来工法」というのは、根本にある職人さんの技術を活かしていかないとなかなか出来ない。いいものが出来ない、丁寧な仕事が出来ない、そのためにはきちんと積み重ねて修行した職人さん、大工さんでなければ建てられないという、そういった意味では難しい部分はあると思います。

内田
「手間暇をかけて大工さんが造る家が欲しい」という人がいる、ということでね?

磯田
おっしゃる通りで、ハウスメーカーとか、プレハブメーカーさんの家より、やはり大工さんが造る家がいいんだ、職人さんが作る家がいいんだ、という風におっしゃって当社を訪ねて来られるお客様も多いです。

内田
イソダさんで、何件くらい年間で造るのですか?

磯田
当社はそんなに多くございませんで、大体年間で25棟前後くらいの新築の注文住宅を注文いただいております。25棟と言うと、一般の方はそれが多いのか少ないのか分からないと思いますが、やっている会社さんは、非常に多くの、年間50棟も100棟もされているところもあります。ただ、我々が出来る範囲ということで考えると、やはり25棟から30棟くらいが、我々の大工さんたちで出来る今のキャパシティ、適正な棟数かな、という風には考えています。

内田
今、「家を建てる」というニーズというものがどんどん増えている、とはなかなか思いづらいのですけども、実際のところどうなのでしょうか?

磯田
2008年のリーマン・ショックからは急激に、新築の受注というのがやはり落ちました。年間の住宅着工戸数というのが、昔は120万戸とか100万戸とかあったのが、今はもう80万戸とか90万戸とか、どんどん減っていって。ある資料では、20年後にはもう50万戸くらいになってしまうのではないか、そんな風に予想しているところもありますので、そういった意味では非常に厳しい、新築の住宅の環境だという風には考えておりますが、やはり私どもは何か付加価値を付けて、大手のハウスメーカーさんやパワービルダーさんの建売住宅ではない、本当にオリジナリティのある注文の住宅、という部分で勝負をしていきたい、という風に思っています。


室内の温熱環境を整えて、一日中、一年中暮らしを心地よくしてくれる家を目指して誕生した「ソーラーサーキット」という住宅。夏は爽やかで、冬は暖かい。外断熱と二重通気という「カネカ」の工法と、「イソダ」の匠の技が生み出しました。

内田
「木造軸組工法」という、非常に伝統的な家造りということをずっとしてこられた。その流れの中で「ソーラーサーキットの家」という革新的なものに取り組んでいったということなのですけども、これは何がきっかけだったのですか?

磯田
我々も工務店として、普通の家造りをしていました。ただこれからは、もっと断熱性が高い家を造っていかなければいけない。そのために、高気密・高断熱という概念が出てきまして。これを「ソーラーサーキット」をやる少し前に我々は、我々独自の断熱工法でやっていたのですね。それをやり始めたすぐ後に、実は同じ、高気密・高断熱の家造りをするのであれば、この「ソーラーサーキット」というものがあると。そして、それが「外断熱」と言われて、断熱材を外側に貼る工法だったのです。それまで我々がやっていたのは「内断」の高気密・高断熱住宅。でも、これからは「外断熱」の時代になるかもしれないと。

内田
直感、ですよね?

磯田
そうですね。いろんな方がいろんな話をされて、それを聞いた中で「あ、もしかしたらこのソーラーサーキットの方がいいかもしれない」と。二十数年前に「ソーラーサーキット」という工法を取り入れてやり始めた、というのが最初でした。

内田
ニーズをしっかり見ている、ということなのだと思うのですよね。先見の明があってすごくビジネス上手だという風にも見えますけども、それだけではなくて、お客さんが住宅の中で困っていることとは何だろう、と、見ているからこそ出来たのではないですか?

磯田
ただ、「これが商売になるから」という風な、そんな強い気持ちではないのです。やはりこれからの家造りというのはどうなのだろう、とか、お客さんが困っているからどうしよう、というのがベースにあって。それを地域でやって行くには、何をしたら一番お客様のためになるのか、というところを考えての結果であるという風に我々は考えてはいます。

内田
「ソーラーサーキット」がある。やってみよう、とやり始めた。それで、どうでした?

磯田
当初はですね、なかなか我々の営業マンが、この「ソーラーサーキット」というものの良さを、あまり実感していなかったというのが現状でした。やはり、提供するものに売る人の気持ちとか想いとかがこもっていないと、なかなかモノって売れないと思うのです。

内田
大事ですよね。その通りですね。

磯田
「ソーラーサーキットはいいぞ」と。「世の中で一番いい建物だ、工法だ」と、そういう風に皆が思ってから、「ソーラーサーキット」というものを、営業の者たちが自信を持ってお客様に勧められる様になったという部分は、非常に大きいかと思います。

内田
皆さんが「よし、いいぞ」「これだ」という風に実感できたというのは、何がきっかけだったのですか?

磯田
一つは、やはりお客様の声もあるかと思います。

内田
実際住まれている方の?

磯田
そしてもう一つは、現場に我々、お引渡し前に行くのですけれども、ソーラーサーキットの家と、普通の一般的な造り方をした家とでは、やはり夏場の暑さ、冬の寒さ、というのが、体感的に全く違うのです。今は「ソーラーサーキットでなければ嫌だ」とか、「ソーラーサーキットの方がいい」とおっしゃるお客さんの比率がすごい勢いで上がった、ということですね。

内田
時代がソーラーサーキットに付いてきた、ということなのだと思うのですけども、「何が」時代に合っているのですか?

磯田
「省エネルギー」の話が今すごく世間で、また国の施策でも「省エネルギー性能」というものを、どんどん高めていくと。ZEH(ゼッチ・Net Zero Energy Houseの略)と言われる、「ネットゼロエネルギーの住宅」というのを、テレビコマーシャルでも大手ハウスメーカーさんが「ゼロエネ住宅」という形でコマーシャルをしていると思うのですけども、政府が国の主導で、2030年までにはこれからの新築住宅は皆、ZEH仕様に。

内田
2030年までに、それがもうスタンダードになっていくのだ、という流れなのですね。

磯田
流れですね。

内田
では、非常に追い風である、と。

磯田
我々も、そうであれば「ソーラーサーキット」という工法で、ZEHの住宅をこれからお客様にお勧めをして、建てていきたい、という風に考えております。


家の階段を造れる様になると、一人前の大工と認められる職人の世界。緻密な作業と、丁寧な仕事が求められるイソダの家造り。一方、イソダで腕を振るう棟梁も高年齢化していると磯田代表は言います。

内田
「ソーラーサーキットの家」が、環境問題ということも背景にあって、これから伸びていくという意味では追い風になっていると思うのですけども、これが普及していくためにはいろいろ課題もある、ここはどういう風に考えますか?

磯田
やはり職人さんの確保、特に大工さんの確保というのは一つの大きな課題だという風に捉えております。大工さんも高齢化が進んできて、私どもの会社でも次の世代の若い大工さんをどうやって確保していこうかというところが、非常に大きな課題の一つにはなっています。幸い私どもの大工さんの棟梁の息子さんが何名か、親子で今仕事をしていただける様になりまして。若い世代の不足の部分をその子たちに是非引き継いでもらって、その課題を今後クリアしていきたいという風に思っております。

内田
「ソーラーサーキットの家」、伝統的な工法、というものをずっと続けていらして、大工さんの質と言いますか、他とやはり違うと思うのです。非常に難しい事をしていらっしゃるのかな、と思うのですけども?

磯田
「難しい」というよりは、「丁寧に仕事をしなければいけない」というところが一番大きな、大切な要因だという風に思っております。高気密であり、高断熱であり、という意味で、基本的には「隙間をなくす」家造りをしなければいけないのです。それをやはり丁寧にしないと…

内田
隙間が出来てしまいますものね。

磯田
そこをしっかりやるためには、多少時間がかかってもしっかりと仕事をしていただかないと、そもそもの住宅の性能が保たれませんので、そういった意味では非常に手間がかかる。また材料もそのために多い。

内田
この「ソーラーサーキット」というものの「価値」をいかに広げていくか、分かってもらっていくか、ということも課題と思うのですけど。

磯田
これからの家造りの流れというのは、どんどん性能の高いものが要求されてきて、今後の家造りも「省エネ」であるとか、「ネットゼロエネルギー=ZEH(ゼッチ)」と言われる住宅造りがメインになってきてしまうと思います。その中で、我々が何を、付加価値を付けて家造りをしていくかというところがやはり課題という風に捉えております。住宅の性能を上げるという意味では、他の会社よりまずは一歩先に出ようと。今家を建てて、今の仕様でやっても、もう5年後・10年後にはこういうZEHの住宅が当たり前になる。それを今の仕様で建てたら、もう10年後は古い。明らかに世の中がどんどん進化して、要求されるものも厳しくなっていく。この流れが分かっている以上、敢えてお客様に性能のより高いものを今の内から提供していく。そういうことに理解をしていただけるお客様が増えていただければいいという風に思っております。

内田
株式会社イソダが、どういう会社にこれからなっていくのかという「未来像」を教えていただきたいのですけど。

磯田
私の祖父がずっと言っていた言葉がありまして、「お天道様は見ているぞ」と。「何にしろ、自分のすることはいつもお天道様が見ている。なので、人から後ろ指を指されない仕事をしなさい」と。誠心誠意、誠実に仕事を続けていく。これが我々が今後100年、150年と、この地で家造りをさせていただく一つの原点だという風に思っておりますので、その精神で、これからも一生懸命やっていきたいと思っております。



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11月21日放送分
「変わる相模鉄道・デザインに込める企業の未来像」

ゲスト
相模鉄道
代表取締役社長 滝澤秀之さん


【プロフィール】
1959年 長野県出身
1984年 横浜国立大学経済学部卒業後、相模鉄道入社
2004年 相鉄ビルマネジメント 第一営業本部長
2012年より、横浜熱供給  取締役社長、相鉄ホールディングス グループ執行役員を経て、
2016年 相模鉄道 代表取締役社長に就任


「相模鉄道」は相鉄グループの中核として、不動産、スーパーマーケット、ホテルなど29社と共に横浜・神奈川を拠点に事業を展開。1917年に現在の茅ヶ崎市でスタート後、神中鉄道との合併、国による路線買収などを経て、現在の「相鉄本線」が形作られました。戦後は横浜駅や沿線の住宅開発に注力、現在は「都心直通プロジェクト」という、大きな転換点にあります。

内田
「鉄道の経営」という意味では、ベースになっているのは沿線の住民を増やして乗客を確保していく、ということだと思うのですけれども、現状はどうなっているのですか?

滝澤
相模鉄道の輸送状況は、一日62万人の乗降者にご利用いただいているという状況なのですけれども、ここ数年は少子高齢化ではないのですが、保土ヶ谷区や瀬谷区、旭区など相模鉄道の中心エリアの高齢化が進んで、生産年齢人口も併せて減少してきている、という状況もございまして、わずかですけども、微減の状態であったのが、ここ数年の動きで横浜駅から比較的近い駅、例えば上星川、和田町、星川、天王町とか、そういうところにマンションを中心として住宅が供給されてきて、その辺りの輸送人員が回復してきている。あと昨年ですけども、海老名に大型の商業施設が開業して、そういったプラスの効果を我々は恩恵として受けて、27年度で輸送人員は2%のプラス、この上期に決算が出ていますけども、輸送人員とすると、0.7%の増加という様な動きで推移してきている、というところです。

内田
62万人という数もすごいですし、しっかりと住民がいて、鉄道事業もそんなに大きくはブレないですよね?収益という意味でも。それで少し持ち直してきている、という意味では、非常に安定的な事業とお見受けするのですけども、実際のところ、社長が思う事業に対する危機感と言いますか、どの様にご覧になっているのですか?「鉄道事業」というものに対して。

滝澤
よく言われる様に、人口減少ということは多分横浜だけではなくて、全国的な動きとして来るのだろう、時代としてそういう波の中に鉄道事業はいる、という風に思っていまして、ある意味、鉄道事業は構造不況業種の一つ、という認識を持っています。「沿線に人を呼びたい、お客さんを呼びたい」と思っているのが我が社だけではなくて、関東にある各社さん皆さん同じことを実は考えられていろいろな手を打たれているという状況ですので、人口全体が増えなければパイの取り合いの様なことになるのだろうと。

内田
そうなりますね。

滝澤
しかも、人が「住む」という行為が必ず伴う延線の誘致策ですので、1年とか2年とかの動きではなくて、5年とか10年とか20年のスパンの中での人口の増加減少ということなので、「今は少し頭を持ち上げているから相鉄は安泰だ」ということではなくて、やはり10年20年先を見ながら、今どういう手を打たなければいけないかということで必要な手立てを打てないと、その時に慌てふためいてもいかんともしがたい状況に多分なっている、という認識は持っています。

内田
そういう危機感があるという中で、いろいろな取り組みがあると思うのですけれども、JRと東急と延線をしていくということで、一大事業ですよね。総予算としては4000億円を超えていくと?

滝澤
そうですね、はい。

内田
これはなかなかの覚悟と言いますか、気合が入るところですね?

滝澤
私が会社に入る30年前から「東京乗り入れ」というのは、先輩たちからずっと語られたというのですかね、「是非乗り入れしたい」という。その当時は多分、横浜駅を通過してということだったと思っているのですけども、いろんな線を使って、JRさんも含めてですけども、「こういう乗り入れが出来るのではないか」というのは社内ではずっと夢を持っていた、描いていた、ということはございます。

内田
それが今回実現していくという流れには、何があったのですか?

滝澤
一つは法律の改正で、「(都市鉄道等)利便増進法」という、今回の事業スキームはその一号案件なものですから、そういう法律の中で「乗り入れ」ということが、比較的肩の重荷を背負わずに入れる、参加しやすいフレームが出来上がったというのが一つだと思っています。

内田
その法適用一号ということで、相鉄のためにできた法律とも言えますね?

滝澤
今のところ一号しかないのでね、そういう風に映るかもしれません。

内田
ここに期待すること、というのはどういうことですか?

滝澤
分かりやすくお伝えすると、「職・住」が接近する。要は仕事場と自宅とが近くなる、利便が向上する、という風に思っていまして。それによって、沿線にお住まいになる方々、沿線で仕事をしようという方々が増えるということを最大のテーマにしていると思っています。そういったことに期待をしていると。


「都心直通」を目前に、知名度、ブランド向上に注力するべく、くまモン生みの親・水野学さんを迎えた「デザインアッププロジェクト」。「これまでの100年を礎に、これからの100年を創る。」をコンセプトに、車両、駅、スタッフの制服など、相鉄全体のイメージを変える新デザインへのリニューアルを進めています。また併せて取り組んでいるのが、再開発を中心にした街のデザイン。沿線の価値向上のため、個性ある名店を誘致、地元の隠れた名店と共に発信しています。

内田
「デザインブランドアッププロジェクト」ということなのですけども、こちらの大事なところは何ですか?単にデザインを素敵にする、ということではないと思うのですけども?

滝澤
まずは知られていない会社なので、例えば横浜ネイビーブルーの車両が都内に行った時に、「どこの電鉄?」とまず思っていただきたい、というのが一つです。そこで関心を引く中で、どこかで相鉄線に来ていただく機会があると思っているのですけども、その時に駅が非常にきれいであったり、駅での接客に非常に心がこもっている、ということになると「知っている」「行ってみる」だけではなくて、もしかしたらそこに「住んでみよう」もしくは「住んでみたい」というお客さん、ファン作りをしたいという風に思っています。そのとっかかりとして「ブランドアッププロジェクト」をスタートさせているわけなのですけども。

内田
「デザイン」というものに注力されている訳ですよね?これはどういう想い、狙いがありますか?

滝澤
「デザインアッププロジェクト」をスタートさせる前に、いろんな会社さんがどの様なことをされて変わってきたか、変えてきたか、という事例を我々も勉強させていただいて。そこにはやはり深い意味があって、存続していくための「哲学」がその中に入り込む。「何のための会社なのだ」ということをデザインの中に反映させて、デザインに落とし込んで運営している、ということなので、我が社も単純に洋服だけ、色だけ変えればいいと思ってやっている訳ではなくて、そこにはきちんと我々の覚悟だとか、想いをそのデザインの中に込めながら、「相模鉄道は変わるのだ」ということを社の内外に伝えていく。そのために「デザインアッププロジェクト」をスタートさせている、そういうことで期待をしている、ということです。

内田
そういう中で、どの様なものが見えてきましたか?

滝澤
「哲学」と言うのですかね、現状の延長の中での鉄道事業はやはり、特に我が社は35キロしかございませんので、その中で相互直通運転を開始するという風になると、今までの延長の中では間違いなく、相模鉄道は成長しえない。「シフト」と言うのですかね、何かを変えていかないと、我々は目的通り、期待通りの成果は得られない、と。その中でデザインプロジェクトをスタートさせておりますので、当然「変わっていくのだ」「現状ではだめだ」ということを、そのデザインの中に込めている、という風に思っておりますけども。


横浜市旭区の「南万騎が原駅」周辺は、1976年の開業以来住宅開発が行われ、現在では少子高齢化が進行。そうした中、「多世代の循環」をキーワードに、リノベーションプロジェクトが進められています。 駅周辺の商業施設集約、保育園や高齢者支援の機能を併設した賃貸マンション整備、多用途な広場や住民参加の拠点設置により、「えきとまちをつなぐ」空間を提供。シニア、子育て世代の住み替えを促しています。

内田
思い切ってデザイン性の高い街づくりをして…狙いはやはり若い世代の方達、ということですか?

滝澤
そうですね。若い世代に出来ればお住みいただけないかなという風に、30代・40代の、いわゆる子育ての方々に住んでいただければ、非常に我々とすると嬉しいのですけれども。どちらかと言うと、沿線開発をして久しいものですから、子供たちはやはり東京、職場に近いところにお住まいになっているということなので、親元から離れて。今は沿線に住まわれているお父さん、お母さん、団塊世代の人たちなのかもしれませんけど、そのジュニア世代は出てしまっている。今度はそういう世代の子供たち、ジュニアの子供たちを我々は呼び戻して、沿線に是非住んでいただきたいな、という風には思っています。

内田
その「呼び戻す」というポイントで、街づくりをいろいろとマーケティングをしながらされたと思うのですよね。どういうことが大切になりますか?若い方ったいが喜んでくれる街というのは。

滝澤
私が今持っている実際の鉄道事業の視点から申し上げますと、やはり先ほどもお伝えした「職・住接近」ということです。ご両親で、旦那さんも奥さんも働く時代になって来ていますので、どうしても奥さんの仕事場に近い場所に住むというのが傾向としてあって、これで子供が生まれてファミリーが増えると、もう少し違った視点が入ってきて、お子さんの教育だとかそういったところに視点が、子供を育てやすいかというところに視点が入ってくるという風に理解していまして。そういう意味では、我が社は元々自然が豊富な沿線でございまして、「自然」というキーワードでいくと、子供が育てやすい沿線であるという風に思っておりますので、そういったところを打ち出す、アピール、宣伝をしながら、理解していただけたなら、相互直通運転で職・住接近をさせておいて、元々持っている相鉄沿線の自然と触れ合いながら子育てが出来ますよ、ということを打ち出せると、そう考えている若者たち、若い世代たちに来ていただけるのではないか。総合的に魅力ある鉄道であり、沿線になるということが、最終的に相鉄ファンを作っていく唯一の道、という風に思っています。

内田
将来、100年を迎えるに当たって、更なる100年、といった長い道のりになるかもしれませんけれども、相模鉄道という会社はどの様な会社になっていくのでしょうか?

滝澤
特に格好いいことを考えている訳ではなくて、鉄道の機能とすると「安全・安心」であったり、その中でも出来るだけ「速達性」をどう高められるのだろうか、ということへの取り組みであったり、それらを運営するに当たって、我々のスタッフ、駅員とか、裏方のスタッフもいるのですけども、そういったスタッフがCSと言うのですかね、顧客目線、お客様目線の中で仕事をする、ということの中でブラッシュアップをしていって、一歩一歩成長出来ると。大きな成果ではないかもしれませんけども、きちんと結果は付いてくるのではないかと思って、信じてやって行くしかないという風に思っています。



tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

特徴ある製品・サービスを紹介
「ビジネスのヒゲ」

横浜に誕生した獣医学における先端医療の実用化拠点
動物再生医療センター病院(横浜市中区)

11月14日放送分
「羽田への定期航路便やクルージング等を行う企業」

ゲスト
ケーエムシーコーポレーション
代表取締役 熊澤喜一郎さん


【プロフィール】
1958年横浜市出身
1983年 慶應義塾大学卒業
1989年 ケーエムシーコーポレーション入社
1999年 同社代表取締役に就任


1975年に横浜市鶴見区で不動産管理業を主として設立されたケーエムシーコーポレーションは、1982年以降、生麦運河沿いと大黒町にマリーナをオープン。パーティークルーズ事業の他、2014年には羽田とお台場、羽田とみなとみらいで定期航路を取得、現在は実験運航と言う形で羽田空港への定期便も運行しています。

内田
番組で初めて船でインタビューをするということで、私も喜んでいるわけなのですけども、随分豪華な船ですね。

熊澤
ありがとうございます。

内田
これはどういう目的で?

熊澤
100人でパーティーが出来る船を作りたい、そういうコンセプトで作りまして。実は僕、モナコが好きで、モナコに「モナコヨットクラブ」という素敵なクラブがあるのですけれど、日本でもああいった遊びと言いますか、そういうものが実現出来たらいいな、と思いまして作りました。

内田
そうですよね。でも、何となく我々から見ると、非常にハードルが高いというか、そういう気がするのですけども?

熊澤
船に乗るとか海に行くとか、お客さんにとってすごくハードルが高いものになっていまして、「何故かな?」と思うと、特にボート、ヨット辺りになると非常に高額なものであるとか、それから一部の人しかそういったものはやれないのではないか、という様な潜在的な考えがあるのだと思うのです。

内田
富裕層の方の世界、というイメージが勝手にあります。

熊澤
でも世界を見回してみますとその様なことはなくて、一般の人でもボート、ヨットを持ったり、こういうクルーズですとか、そういう遊びをなさっているというのが、世界中で見ることが出来ますので、日本でもそういう形になったらいいな、というのが僕の想いですね。

内田
いいですね。ケーエムシーコーポレーションさんとしては、まずマリーナ事業と、あとはクルーズ事業という、大きく2つあるわけですね。

熊澤
2つあります、はい。

内田
それぞれ教えていただきたいのですけど、まずマリーナ事業というのは、今、どの様な状況になっているのですか?

熊澤
我々の持っているマリーナは非常に小さくて、保管艇も最大で30隻くらいしか陸置きで保管できない規模なのですね。「小さいマリーナ」というのが、我々にとってはマイナスのポイントだと思っていまして。ただ、そこをきちんと認識することによって、お客様がプライベート感覚で遊べる様な、その中で、我々のサービスをお客様に満足いただく様に展開する、というのが我々の方針でございます。

内田
お客様というのは、今、どの様な状況なのですか?

熊澤
我々がこの大黒町でマリーナを開業したのが1989年で、ちょうどバブル期に向かう時期でございました。当時は、船はたくさん売れるのだけど、船置き場がない、少ない、というのが実はマリン業界のネックになっておりまして。それで我々のところにもお客様の問い合わせが多く、やはり、そういう時期がバブル期にはありました。それからバブルが崩壊した後は、マリン業界も非常に打撃を受けまして、今はそれを回復している途上だ、という認識なのですけれど。

内田
あとはクルーズ事業ですね?

熊澤
クルーズ事業の中に、私どもは2つの区分けをしております。一つは「チャータークルーズ」という、貸し切りで船をお貸しして、パーティーですとかウェディング、それから、2人だけで船をチャーターしてプロポーズをしたり…

内田
ロマンティック!

熊澤
そういった使い方をなさる方もいるのですけれども、貸し切りで船を一艘、使っていただくプランと、もう一つは「アトラクションクルーズ」と言いまして、乗り合いで気軽にお客様が乗れる様に、横浜港で毎日の様に周航しているクルーズと、2種類のクルーズを持っております。

内田
これは、それぞれシェアとしてはどれくらいの比率になるのですか?

熊澤
当社の比率としては、やはりアトラクションクルーズが毎日の様に運航されていますので、利用者自体はアトラクションクルーズの方が多いと思います。ただ、売り上げ的には、利益構造もそうなのですけども、やはりチャータークルーズ、貸し切りのクルーズを主力としております。

内田
「マリーナ事業」「クルージング事業」というのは、ビジネスとしてどういう風な難しさがあり、どういう妙味、可能性があるのかな、と思っていたのですけども。

熊澤
クルーズ事業に関するビジネスの一番難しいところは、桟橋、そういう意味ではインフラの整備だと思うのですけども、「桟橋が整備されていない」というのが一番の大きなネックになってくると思います。

内田
停まる場所がない、ということですか?乗り降りする場所がない?

熊澤
そうですね、お客様の乗り降りしていただく場所があまりないですね。桟橋というのも、その水域の専用の許可が必要なので、勝手に構築物を造るわけにはいきません。

内田
そうですね。そこが難しい点ですね。

熊澤
一番はそこだと思っております。

内田
桟橋が増えていけば…

熊澤
そうですね、増えていけば、可能性としてはすごくあると思っております。


2014年7月から実験運行を行っている羽田空港への定期航路便では、旅客機の離着陸を真下から見られる「アンダージェット」や、工場夜景等を楽しめる観光サービスも行っています。現在は、日曜日に「横浜から羽田」「羽田から横浜」「お台場から羽田」のそれぞれ一便のみの運行ですが、観光立国を目指す日本の戦略と2020年の東京オリンピックを睨み、海上を行く定期航路便は一つのツールになると言います。

内田
先日、羽田空港から横浜を繋ぐ船に、私も乗ってきました。本当に楽しかったのですけど、これは始めるきっかけ、理由というのは何だったのですか?

熊澤
2011年に、日本空港ビルディングさん、羽田空港の運営をしている会社なのですけれど、そちらで、羽田の船着き場を造ることが出来まして。その船着き場が出来て、我々は何をしてお客さんを楽しませようかな、という話を空港ビルディングの方としている時に、「熊澤さん、定期便、横浜・羽田、羽田・東京と、やってみたら?」というお話がございました。定期航路を獲るというのは、本当に大きな問題ですので、社内でも検討して。ただ、羽田空港さん、空港ビルディングさんがものすごく周囲に対して情熱がありまして、この会社と一緒であれば、我々もそういう定期航路の事業もやっていけるのではないかな、ということで作り出したのが、羽田の定期航路でございます。

内田
定期航路を作るというのは、そんなに大変なことなのですか?

熊澤
我々の事業の中で、桟橋というのは非常に重要なポジションを占めていまして、お台場の海浜公園の桟橋は、東京で2社さんが独占的に使っていたのですけれど、定期航路をするということで、我々横浜の業者が、初めて参画させていただきまして、非常に、その2社さんには感謝している次第なのですけれど。

内田
そこは理解を示してくれたと?

熊澤
そうなのです。

内田
でもすごいですよね、初めて「縄張り」というものを超えて航路を作った、という意味では、イノベーティブなことをされた、ということですよね?

熊澤
はい、非常にエポックメイキングなことであったと思います。

内田
「ニーズ」という意味では、どういう方たちが乗るだろう、という想定で作られましたか?

熊澤
定期航路を開設するためには、羽田を中心とした航路しかない、というのが私の意見だと思っております。今ある定期航路と申しますのは、横浜でも東京でもそうなのですけども、鉄道ですとか交通網が発達していますので、基本的には船による航路というのは必要ないのですね。ただ、東京でもきちんとされている定期航路は、やはり観光客を乗せて、ある場所からある場所に移動して、観光と共に船を楽しんでいただく、といったニーズがございますので。我々が羽田を始めようと思った時のお客様の想定は、当然羽田を使う、ビジネスでも観光でも、羽田空港を使うお客様と、それから羽田に遊びに行く、というお客様もいらっしゃるのではないかな、と、そういうニーズを想定しております。 実際、実験運行で週に日曜日だけ運行させていただいているのですけど、多分、羽田空港を使われる、つまり飛行機に乗ったり飛行機から降りたりして、横浜ですとか東京に移動されるという方は、それほど多くないと思っております。今この段階では多分、横浜から羽田に行って、羽田で少しランチをしたり遊んだりして、その後、また羽田から横浜に帰ってくる便に乗るとか、そういうお客様がいらっしゃるのではないかな、と思っております。

内田
私も乗ったのですけど、すごいですよね。空港を出て、飛行機がわぁーっと着陸してくる時の、飛行機のお腹を見上げて。すごい迫力で着陸するのですよ。そこで、しばらく停泊してくれるのですよね。あれも、「ニーズ」を考えて?

熊澤
「アンダージェット」と呼んでいるのですけど、飛行機の離発着を船の上から見る。これは船の上からでなくては見られない、すごい特典だと思っています。その意味で、船に乗る必然性が出てきますから、「アンダージェット」はものすごく人気だと思っております。


少し足を延ばせば船と海を楽しめる、水際に広がる街「モナコ」の様に、大都市のそばに海が広がる横浜。クルージングライフを楽しめる絶好のロケーションにある横浜で、海に親しみ、人生を謳歌する文化を育みたいと、熊澤代表は言います。

内田
ケーエムシーコーポレーションさんとしては、いかに海が楽しいものか、海を楽しんでもらおう、ということをこれからどんどんアピールしていく、ということになるかと思うのですけれども、ここはどの様な楽しみ方を提案していきますか?

熊澤
我々がこういったクルーズ業をやっている中で非常に思うのは、「横浜に来たら、船に乗る」と、そういった文化が出来ればいいな、と思っております。アトラクションクルーズを中心に、海に対する文化を作っていきたい、と思っています。それからモナコの文化、モナコにあるヨットクラブが、非常に大きなメガヨットがずらっと並んでいるのですけど、そこで本当に毎夜、ゲストの方ですとか、お友達を船のオーナーさんが呼ばれて、パーティーを開いているのですよね。船上のパーティーで、船は走らずにいる場合も多いのですけど、そういった仕掛けを日本でも展開するとなったら、僕は横浜しか、そういった要素のあるところはないと思っておりまして。我々のクルーザーを使った、「モナコスタイル」のクルーズが展開できればな、ということで検討を始めたところでございます。

内田
これからの展望なのですけども、どの様な会社にこれからしていきたいという風に思いますか?

熊澤
我々ケーエムシーのミッションとして、お客様に「おしゃれで安全・快適な船で、思う存分海を楽しんでいただく」、そしてお客様に「特別な時間を提供し、新たな価値観を創造する」という様なミッションがあるのですけれど、我々としては、クルーズに乗った方に喜んでいただいて、「また来たい!」と思っていただける様な企業になりたい、というのが夢です。やはりそのためには、そういう人材を獲得して、教育をして、従業員の方々にもケーエムシーを好きになっていただける、そういった仕組みが必要だと思っております。ミッションを達成するためには、船員さんもサービス精神を持って、お客様を「どうやって楽しませるか」、そしてお客様が「どういったことをすると、どういった航路を、どういった船を提供すると満足してもらえるか」そういったことを真剣に考えていただける優秀なスタッフになってもらいたい。ですので、我々がどうなりたいか、ケーエムシーの会社を未来永続的にサステナブルに運営するためには、人の力というのが一番大事だと思っておりますので、そういったマインドを持った船員さん達を獲得して育てていく、ということが大事だと思っております。 それから、やはり我々は横浜市さんや神奈川県の皆様に非常にお世話になって運営させていただいておりますので、何とか横浜の観光の発展、神奈川県の観光の発展のために貢献出来たらいいな、というのが私の想いでございます。私が、たまたま「マリーナビーチ協会」という日本の組織の、神奈川県の支部長をさせていただいておりますので、2020年に、オリンピックで江の島がセーリングの会場になりましたから…

内田
そうですね。

熊澤
その会場を使うために、既存の江の島のマリーナに置かれている船を、各マリーナに受け入れなければならないのです。今、神奈川県の黒岩知事とも協定を結びまして、受け入れとか、オリンピックの運営を全面的に協力しますよ、という様な誓約をさせていただきまして。

内田
そうですか。

熊澤
我々も、横浜に限らず、湘南ですとか小田原とか、そういった相模湾側の非常に良い資産がある海をどうやって活用するか、ということについて真剣に考えて、アトラクションクルーズなり、チャータークルーズなりをそこで実現出来たらいいな、という様なことも考えております。



※番組内で誤った表現がありました。(「敷居が高い」→正しくは「ハードルが高い」)訂正してお詫びいたします。

tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

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11月7日放送分
「バスケに新たな魅力と可能性を ビーコルの挑戦」

ゲスト
横浜ビー・コルセアーズ 
代表取締役CEO 岡本尚博さん


【プロフィール】
1966年東京都出身
1989年 日本大学卒業後、大手広告通信社入社
プロ野球マスターズリーグ・イベントディレクター、茨城ゴールデンゴールズ・球団代表、bjリーグ・チーフプロデューサー等を経て、2015年に横浜ビー・コルセアーズ代表取締役CEO就任


2011年、神奈川県内初のプロバスケットボールチームとして誕生した「横浜ビー・コルセアーズ」。新たに誕生した「Bリーグ」ではB1所属と好調なスタートを切りました。しかし前身のbjリーグでは参入から2年目で優勝しながらも、当時の運営会社が経営破綻。その後、大手広告通信社が再建に着手、運営資金の獲得や、ブースターと呼ばれるファンへのアプローチを重ねてきました。。

内田
岡本さんがこの横浜ビー・コルセアーズに来た時は、やはり「再建をする」というお立場で来られたわけですよね?

岡本
そうですね、状況としては最悪の状態であったので。経営破綻を起こして、選手への給料も未払い、周りのいろんなところに対しても負債がいっぱいあるという状況で、このチームを何とかまずは存続させて、立ち直るきっかけまで作れれば、という風に思いました。

内田
スポーツビジネスというものも取材しますけれども、やはり皆さん苦労されているのが、資金集めなのですよね。チームを維持するために、スポンサーを集めてこなければいけない。これは一生懸命回られたと?

岡本
そうですね。そういうことでしかないですよね。一番、最初に僕らがすがったのは、ブースターの方々。

内田
企業を回ってお金を集める、というのが最初に来そうですけれども、まずはファンの方を?

岡本
はい、ファンの方々ですね。僕らがこのビー・コルセアーズを存続させられるのかどうか、そのスタート時点の一つのテスト、言い方は分からないですけど、株式をブースターの方々へ公開して、資金調達をしたのです。その時に、僕としては「とにかくビー・コルセアーズを残したい。それにはこれだけの資金がまず必要だと思うので会社の株式を公開します、ブースターの方々でお買い求めいただけないだろうか」と。「現状は価値ないです。紙切れが邪魔になるだけかもしれません。ただ、3年後、5年後、10年後に、必ず価値のあるものに変えられる様に頑張りますので、そのつもりで保有してくれないか。」と。

内田
具体的に、どれくらいの方がそこに乗ってくれたのですか?

岡本
一株5万円で出したのですね。その時に、大体500株くらいは購入をいただいたのです。それを、お一人で1株買っていただいた方もいらっしゃいますし、5人ぐらいで集まって2株、という風に買っていただいた方もいますし、今まで貯めていたお金を…

内田
ありがたいですね。

岡本
本当ですよ。それがなかったら多分、やれるという風には思っていなかったと思います。そのベースがあったので、更に企業様にも株を持っていただきたい、という話をして。その当時、8000万の資本金で会社登録されていたのですが、全株式を外へ出そう、という方針を固めて、そこを出していく、ということで。

内田
そういうことで何とか知名度も広がってきて、ブースターも増えて、みんなが「自分達のチームだ」という風に当事者意識を持って見てくれる様になった、という段階があり、次に、「Bリーグ」。これはどの様な反響でしたか?

岡本
今はもういろんなところで、今まであまり反響が「ビー・コルセアーズです」と言ってもピンと来なかった人達から、「Bリーグね」とか、「バスケットボール始まったね」とか言っていただけますし。開幕戦を迎えた上で、会場のお客さんの顔ぶれも、新しいお客様が大分増えたな、という風に感じます。

内田
ここで敢えて聞きたいのですけども、バスケットボールをやったことがある人というのはすごく多いので、メジャーなスポーツであるな、と思うのですけども、「観る」という風になった時に、やはり野球・サッカーには今のところ敵わない、と。ここは、どうしていけばいいのでしょう?何故、競技人口とリンクしないのでしょうか?

岡本
これは今まで、バスケットボールは「観てもらう」ということを意識していない。「やる」、「自分達がやる」。

内田
なるほど。もう本当に「運動」?

岡本
はい。「どうやっていくか」「どう自分達が強くなるか」ということに主眼が置かれていて、そこに「観てもらう」とか「参加してもらう」とか「関わってもらう」という意識が、ほぼなかった。

内田
その「魅せる工夫」というところですごく期待するわけですけども、要素として何が重要ですか?

岡本
やはり、まずバスケットボールですから、「バスケットボールで勝つ」というのは、お客様を喜ばせる大きなウェイトを占めると思います。

内田
「勝つ」。

岡本
これはこれで必要なのです。ただ、負けた時に、来たお客様は何を楽しみにすればいいの?という話になってしまうわけですよね。これは、僕らにはコントロール出来ない話です。なので、まずその場に来て、その試合の会場を楽しんで、雰囲気も楽しんで、その時間はその分でもう楽しかった。その上で、更に「勝っている」ということがプラスになっていく、というくらいの心持ちで運営側はやらないといけないのかな、という風には思っています。


「魅せるバスケ」「楽しんでもらえるゲーム」に注力する「横浜ビー・コルセアーズ」。横浜市都筑区で行われたホームゲームには、約3500人が来場。試合会場では、地元企業の出展ブースやシュートゲーム、3Dシアターなど、様々なイベントを展開していました。様々なイベント企画で「横浜ビー・コルセアーズ」がキーワードとするのは「距離の近さ」です。

「横浜ビー・コルセアーズ」が、バスケ普及と地域密着の柱としているのが、神奈川県全域で展開している「アカデミー事業」。選手の育成・強化を目指す「スクール」と、より本格的な指導を目的とした「ユース」、合わせて約800人が参加しています。

内田
これは「経営」という側面で見ると、どの様なメリットがあるのですか?

岡本
経営として非常に大きいです。選手の育成という部分で言っても、やはり自分達の中で育てて、選手がその中から出てくれれば繋がっていきますし、アカデミーに参加していただけることで、その子達自体が我々の存在を発信してくれる存在になってくれるわけです。それで結果を出してくれて、いろんな大会でも優勝してくれているので、「ビーコルのアカデミー、いいね」という風に言ってもらえますし、その親御さん達が「うちの息子はビーコルのアカデミーに入っているんだよ」と、「ビー・コルセアーズ」を口にしていただけたり。収入面でも、試合のあるなしにかかわらず一年間、きちんとしたレベニューがある。更に言うと、(選手の)セカンドキャリアの受け皿にもなる、という形で言うと、非常に大事な事業と思っています。

内田
「運営」として、「チケット収入」というものと「アカデミー」というものは、一体になっているというのが現状ですか?

岡本
そうですね。当然チケット収入にも、そういったアカデミーからの関連で初めて僕らを知って、「観に行こうか」と言っていただいた方もいらっしゃいます。スポンサーの獲得にも、アカデミーの親御さんからご紹介をいただいたとか、そういう事例もいっぱいあります。いろいろな広がり、「トゲ」を見せていこう、自分達の関われるチャンスを自分達から発信していこう、という中では、アカデミーというのは非常に、一つの「角」になっていると思います。

内田
そこ、すごく大事ですよね。

岡本
大事ですね。

内田
ここの部分で本当に経営を安定にしていくために取り組むべきことというのは、何になりますか?

岡本
とにかくまずは、お客様を増やす。

内田
とにかく「増やす」。もっと増やさなければいけないのですね。まだ今のままでは足りない?

岡本
足りないですね。もうベースは全部そこだと思っています。お客様が楽しんでいるところに、スポンサー企業の方々はお金を出す価値、バリューを見出していただけるのだと思いますし、その人達がいることによって、選手のモチベーションだったり、存在価値というものだったり、発信力、というものが高くなってくると思います。それを見て、子供達が「自分もプロ選手になりたいな」とか、「もっとバスケ上手くなりたいな」となっていって、それでアカデミーが機能していく、ということにもなると思いますので。まずは我々の存在価値・バリューを確立した上で、そこに賛同して観に来てくれるお客様を増やしていく。そのお客様に応援してもらえるための価値を作るために、我々に何が出来るのか、というのを常に模索する必要があるという風に思っていますね。


チームの強化に欠かせない、ブースター拡大と地元との信頼関係。「ビーコル」との接点を増やすため、地元のイベントや学校などに積極的に関わり、身近な存在としてのアピールを重ねています。更に、他球団に先駆けて取り組むのは、独自の「スポーツイノベーション構想」。レンタルコート等の整備、プロ選手やチアリーダーを支える身体運動・健康管理等の高度なノウハウを事業化し、地元に還元していく構想です。

内田
今、あらゆる企業の話ですけれども、いろいろなこと、時代が変わっていく中で、ブレイクスルーしていかなければいけない、変わっていかなければいけない、ということで模索しているわけですよね。それで一つのキーワードとして、「コラボレーション」。そういうところから、新しい「何か」「バリュー」が生まれてくるというケースが多いわけです。そういう中で、ビー・コルセアーズが「こんなところとコラボレーションして、新しい価値を生んでいく。」というアイディアというのを、きっといろいろと考えていらっしゃると思うのです。

岡本
「スポーツビジネス」という観点で、スポーツをやる上でいろんな要素が必要です。やはり「健康」もそうですし、「メンタル」もそうですし、「食事管理」、あとは「リハビリ」もありますからそういったものとか、「工学」的なものとかも、全部あると思うのですね。

内田
それは「健康」というキーワードで、その中心に「ビー・コルセアーズ」がいて、地域の方達にこの「健康」のバリューを発信していくということですか?

岡本
そうですね。「テーピング」とかあるじゃないですか。これ一つすることによって、お年を召した方が「膝の痛みで歩きにくい」と言っているのを、歩きやすくすることで、歩くことにネガティブにならなくなるという、サイクルでプラスになることがあるのですね。そのテーピングの方法を、直接その方に教えるのではなくて、我々のトレーナーとかが、お子さんに教えることによって、お子さんがおじいちゃんに教えてあげる。

内田
なるほど、いいですね。

岡本
そうすると、「おじいちゃんの役に立った」という子供の気持ちであったり、「子供にやってもらったから歩かなきゃ」となるおじいちゃんの気持ちになることもあるのかなと。そういうサイクルが作れればいいな、と思います。ですから、歯車として僕らが体現拡散をしていくという部分が、やはりプロですから、大きなところだと思います。それを支えるメディカルであったり、企業であったり、いろいろなものがあると思います。これを市民の方々へ返すことが出来れば、市民の方々は、バスケが好きではない方々も、「ビーコルがいたお蔭で、こんなことが地域で出来るのだな、じゃあ応援してやろうか」となると思うのですね。それで歯車がそれぞれサイクルを回して大きなうねりになれば、僕はバスケットボール自体が、この横浜の第三のリーグとして生まれたということの「価値」が出てくるのではないかな、と思っています。

内田
チーム、今季始まったばかりですけれども、目標をお伺いしていきたいのですが。

岡本
僕としては、去年からポスターで、「豹変」というヘッドコピー、「Bite(バイト)!」「噛みつけ!」というサブコピーでポスターを作ったのです。僕は、今季のチームであれば、チャンピオンシップ・トーナメントまでは行ける、と思っています。コピーに託した「Bite!」の様に、今、実力が上位だと思われているチームや、大きな企業さんの母体からスタートした旧NBLチームはやはり大きな存在ですから、そこに噛みついていければ。

内田
そういう意味ですね。

岡本
Bリーグで「海賊船団」という、僕らは二つ名でやっているわけですから、海賊的に噛みついて、噛みついて。一度観に来てもらえれば、バスケット自体も、ビーコル自体も、面白いと思ってもらえる人がいっぱいいるのではないかな、と期待しています。



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