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神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

神奈川ビジネスUp To Date

1月30日放送分
「創業135年・老舗印刷会社の今とこれから」

ゲスト
株式会社大川印刷
代表取締役社長 大川哲郎さん


【プロフィール】
1967年 横浜市出身。
1990年 東海大学卒業。
1993年 大川印刷入社。
2005年 同社代表取締役社長に就任。


横浜市戸塚区の大川印刷は、1881年に横浜市中区太田町で大川印刷所として創業。初代社長の大川源次郎氏が輸入医薬品のラベルの美しさから西洋の印刷技術に着目し、その歴史をスタートします。1935年に関東大震災からの復興記念大博覧会では会場案内を印刷。1954年の崎陽軒・シウマイ弁当発売の際には弁当の掛紙を印刷。現在は印刷から納品まで一貫して環境負荷低減を行う「ソーシャルプリンティングカンパニー」として、高い品質が要求される医薬品の添付文書やパッケージ、シウマイ弁当の掛紙など、様々な印刷物を作り続けています。

内田
大川印刷さんは、横浜市中区太田町で創業されたということで、135年が経っている、大変な歴史を持っている会社なのですけれども、元々は海外から医薬品を輸入して販売をしていたというところから始まったのですね?

大川
当時は「薬種貿易商」という商売があったそうで、元々横浜に出てきたのが明治の最初と言われておりまして。「須原屋大川佐兵衛」という屋号でその薬種貿易商をやっておりました。その5代目の下に生まれたのが、創業者の大川源次郎で、輸入医薬品のラベルをその当時見ていたことから、その美しさに惹かれて、「自分は印刷会社を起業しよう」ということで、ドイツとイギリスから印刷機を輸入してスタートしたと。

内田
すごく貴重な印刷物というのが随分あるということで、ここにお持ちいただいていますけれども。

大川
こちらは「開国小史」という本でございまして、非常に興味深いのですが、題字を勝海舟さんが書いている。見つけた時にすごく嬉しかったのですけども。

内田
これを印刷した、印刷元であるということがすごいですね。

大川
こちらは1920年に発行しているのですけども、「活字見本帳」というもので、私どもが活版印刷を中心にやっていた時代に、どの様な書体を持っているのかなどを示した活字の見本になります。面白いのが、これは左側からは外国人のお客様向けになっているのですね。それで右側は、日本人のお客様向けになっていまして。

内田
なるほど、工夫されている。

大川
それから、左側から開けますと英文で挨拶文が入っていまして。これは石版印刷と言われる方式ですけども、きれいですよね。「こういったものができます」というところから、「いろんな書体がこういう風にある」というのを示したものです。

内田
ただの印刷物ということではなく、歴史的に非常に価値があるものですね。

大川
印刷物として「記録に残す」ということと、実際にこの横浜や日本の文化というところも、印刷会社としてこういった仕事の中で記録していった、ということが、文化の担い手というか、歴史を記録していく担い手として、現代にも脈々と受け継がれている部分でありまして。もちろん今は紙だけではない時代になっておりますけれども。

内田
印刷業界の宿命と言いますか、今、もう全てデジタル化、ペーパーレス、という流れがどんどん起こっている。

大川
ええ。

内田
紙だからこそ、これは残っている訳ですよね。

大川
やはり印刷自体は、「なくならないけれども減っていく部分」というのはあると思うのですね。デジタル化していく部分、これは便利な部分がありますし、重たい本を持たなくても本が読める、というのもありますけども。ただ、その「実態を伴っているかどうか」というところが非常に大きいと思っております。

内田
印刷業界さんがもう少し頑張って、「紙の価値」というものをもっと言っても良いと思ったりするのですけど。

大川
やはり時代の変化でお客様や社会の求めるものというのは変化していきますので、私どもも、印刷業界自体も、紙だけにしがみつくという様なところではなく、幅広く考えていると思います。

内田
同業他社というものが、明治時代に一斉に起こったと思うのですが、時代の流れの中で淘汰をされていって、大川印刷さんは135年。ここにどういう違いがあったのかということを、分析されていると思うのですが。

大川
一つ目としては、これは先代社長の母が、今も会長として元気ですけども、「人を大切にしてきたこと」という風に言っておりまして。私の前に5人の経営者がいる訳ですけども、5人の経営者がいれば5人の経営者の下に集まって、働いてくれた従業員さんがいるわけですよね。そういった従業員さんに支えられてきたからこそ、135年と経っていると思うので、母が言ったことというのは、非常に正しいことなのだと思っております。二つ目は、よく「変化に対応する」ということを、経営者の勉強会で話に出てくるのですけども、確かに変化に対応してきた、というのはあるかもしれないと思うのですね。ただ、それは時代の変化で、また状況も大きく変わってきますので、変化に対応するだけではもう追いつかないというか。変化のレベルが速いわけですよね。

内田
はい。

大川
それを考えると、「変化対応型」の企業というのはもうダメだな、という風に思っていまして。「変化対応型企業」を目指すよりも、「変化創造型企業」を目指す。従業員さんにも、変化を自らが作る様な展開をしていかなければダメだろうという話を、ことある毎にさせてもらっています。


印刷を通じて社会的課題の解決を実践するという、「ソーシャルプリンティングカンパニー」というビジョンを掲げる大川印刷。印刷から納品に至るまで、独自の「エコライン」発想の下、環境負荷低減を推進しています。また、崎陽軒では1954年のシウマイ弁当発売時から、高い品質が求められる弁当の掛紙の印刷を大川印刷に依頼しています。

内田
大川さんは非常に環境に対して意識が高い、ということで、「エコライン」という発想で「環境負荷低減」ということをテーマにやっていらっしゃるということなのですけども、これは何故、そこに力を入れるのですか?

大川
ちなみに「エコライン」というのは、従業員さんが付けてくれたのですね。私ではなくて。

内田
そうなのですか。

大川
「エコライン」というのは、実際に印刷物を作る際に、コンセプト、企画から実際の紙の部分、インキの部分といった材料の部分もありまして。それで今度は印刷をして、加工がありますよね。それで加工して納品、となるわけですけれども、実際にその「入り口から出口まで環境に配慮した」というところを「エコが繋がっている」ということで、「エコライン」という風に。

内田
これは独自の基準でチェック機能というか、守るべき基準というのを作ったのですか?

大川
そうですね。各工程においてどういう配慮ができるかというのを、皆で考えていきました。それでこれがすごく体現していると言いますか、石油を全く使わないインキで印刷して、これは留め具の部分が、普通はプラスチックとか金具、針金が多いのですけども。

内田
プラスチックではないのですか?

大川
これは「ペーパーリング」というのが使われておりまして。分別の手間が要らないわけですね。こういった実際のコンセプトから、配送に至るまで環境に配慮していこうと。

内田
配送もですか?

大川
配送も、です。梱包に関しても、お客様によっては簡易的な包装にしますし。個別の取り組みというよりは、やはり全体で一括して何か環境に対して貢献できないかということで、昨年の4月から「CO2ゼロ印刷」というものを始めました。私どもが二つの事業所がある中で、電気・水道・ガス、それから車両は物流とか営業で使うわけで、その燃料の部分をCO2で換算すると、175トンくらい出している。それを、政府の「Jクレジット」という、いわゆるカーボンオフセットの取り組みで事前に打消している、という様な取り組みで、「エコライン」の発展形です。これから地球温暖化防止対策の一つとしてCO2削減目標が掲げられて、その時に、お客様のCO2排出量を計算する時に、私どもに依頼していただいている印刷物はCO2のカウントがされない、「CO2ゼロ」になる、という取り組みですね。


2011年に発生した「東日本大震災」の津波で倒壊した宮城県南三陸町の徳性寺。会議で出会ったNPOの人から、「倒壊したこの寺の柱を有効活用できないか」という相談を受け、これまでに取引のあったギター製作所とそのNPOの懸け橋となり、寺の柱をギターに再生するプロジェクトを行った大川印刷。「印刷業は、様々な業種を繋ぐ、高いポテンシャルがある」と、大川社長は言います。

内田
南三陸で倒壊してしまったお寺さんの柱を使ってギターを作って。これをプロジェクトとして動いていらっしゃる、ということなのですけども、これはどの様なきっかけで始められたのですか?

大川
今日の前半のお話ではないですけども、デジタル化が進んで紙が使われなくなって、という中で、お会いした方から挨拶の様に「あぁ、印刷会社さんですか」と名刺を見て、「大変ですね」とか「大変でしょ?」とか言われる。

内田
はい。

大川
ところが、印刷会社のポテンシャルの部分というのは、実は世の中に伝わっていない。印刷物がいろんな企業で使われている様に、印刷会社自体が全ての業種業界とお取引がある、類まれな業種・業態と言えると思うのです。例えば、私どもが自動車部品のメーカーであったとしたならば、自動車メーカーさんとしかお取引ができない。今、そういった経営は成り立ちにくいのかもしれません。一方で印刷会社はと言うと、もういろいろな業界・業種とお取引があります。

内田
印刷物はどの業界でも必要ですからね。

大川
ですから印刷物の量が減ろうが、その「ネットワーク」というのはあるわけです。そうすると、先ほどのNPOから相談をいただいた様な課題を与えられた時に、自分がギター製造メーカーでなくてもいいのです。私どものクライアント自体にギター関係の方がいらっしゃったりしますし、NPOにもたくさんお知り合いがいらっしゃるので、その中で実際に地域の課題やご要望にお応えしていく。何か課題解決できないか、というお話をいただいた時に、印刷会社のネットワークの中で、ある時は「じゃあA社さんとB社さんをお繋ぎしますからどうでしょうか」という様に、印刷会社とは柔軟に逞しくやっていけるのではないかという。それで、ギター作りというのがあったのですけども。

内田
これはどこかからヒントがあったのですか?それとも、大川社長の中で自分たちの存在価値というものは一体どこにあるのだろうか、という認識の中から生まれたのですか?

大川
会社自体が百年続こうが、二百年続こうが、地域や社会に必要とされなくなった時点で、会社とは消えていきますよね。ですから、皆さんと共有できる価値を創造していく、作り出していくことで、地域や社会に、人々に必要とされる企業であれば、これからも残っていくのではないかと。ですから、いろいろな企業や人をお繋ぎしながら地域の課題を解決していく、という様なところに考えが及んでいったのですね。

内田
大川社長が考える「今後の大川印刷の未来の姿」は一体どういうものになっていくのでしょう?

大川
会社のブランディングのし直しと言いますか、「リブランディング」をやっているところなのですけども、「創業三百年を視野にリブランディングをしたい」という話をしています。多分、誰も分からないですよね、200年近く先ですから。

内田
一体どうなっているのでしょう?

大川
その時に、やはり「人と地域や社会に必要とされる企業」というのをどう描いていくか、というところを将来的な部分として見ておりまして。仕事を通じて一つでも多くの幸せを皆で作っていこう、という風に考えております。ですからその「形」というのは、必ずしも「紙にインキを乗せて」、というだけでないと言えるのではないかと思うのです。「モノ作り」はコア技術だけども、その前に「コト作り」。僕ら印刷会社というのは、これから将来的にいろんなコト作りをやっていって、その結果がモノ作りに繋がっていく。近い将来はそういったスタイルでやっていくのだろう、というのを描いています。その中に、従業員さんやお客さんや地域の人たちの幸せというのが組み込まれて生まれていく、その様なことを考えております。



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特徴ある製品・サービスを紹介
「ビジネスのヒゲ」

金属の曲げ加工技術を活かしたスピーカーを開発
ミナミ技研(横浜市都筑区)

1月23日放送分
「拡大を続けるペット市場・独自商品で挑む企業の今」

ゲスト
ロアジスジャパン株式会社
代表取締役社長 岡田雅子さん


【プロフィール】
藤沢市出身。
1991年カナダ留学を経て在メキシコ日本人補習校教員。
1997年に帰国後、教育事業に従事。
2003年グリーンリーフ設立。
2009年早稲田大学大学院MBA入学。
2010年ロアジスジャパン設立。


2010年に東京・自由が丘で創業した「ロアジスジャパン」。店舗では物販の他トリミングサロンやホテルを併設し、ペットライフをより楽しむ場を提供。2016年に本社を横浜市に移しました。「コンパニオンアニマル」と呼ばれる家族化を始め、保険、医療サービスの発達と、飼い主にとってより大切な存在になっているペット。1世帯当たりのペット関連支出額と共に、その市場規模は約1兆4,600億円と毎年増加を続けています。「オーガニックとナチュラル」に特化し、欧米の規格認定を受けたペットフードやグッズを企画・輸入・販売する同社の経営について伺いました。

内田
日本において、ペットを取り巻く環境というのは随分変わって来ているという印象があるのですけども、この辺りをどうご覧になっていますか?

岡田
ペットは今、「ペット」という風に言うのも嫌だ、という人もいらっしゃるくらい、もう「家族」なんですね。お孫さんやお子さんと同じ様な気持ちで飼われている方が多いと思います。「飼っている」というよりも、「毎日、一緒にいてくれてありがとう」という気持ちの方が一杯で、人と関わるのとはまた別なのかもしれないですね。なので、彼らにしかできない役目があるのではないかと。また、しつけの仕方とかも反映するので、自分を見ている様な感じにもなるのです。それで反省したりとか。

内田
合わせ鏡というか?

岡田
そうですね。またそこに、もしかするとビジネスが関わってくるのかもしれないのですけども、「しつけをどうしたらいいか」と悩まれる方も多いです。

内田
自分のお子さんの幼児教育、情操教育をして塾に入れる様に、自分のワンちゃんもそういうところに通ったり、教育を受けたり、という様なことが起こってくる?

岡田
もう起きています。

内田
すごいですね。その証拠に、ペットに関わる市場規模、マーケット規模というのが今、1兆4千億円という、ずっと増え続けているのですよね。これは皆さん、惜しみなく使う方は使う、とういうことなのですか?

岡田
もしお子さんと同じ、という風に考えれば、そうではないかなと思いますね。あとは、どうしても体も小さい、特に日本は小型犬が多いですし寿命も短いですから、そう考えて、元気で長く生きてもらいたいと思った時にどうするかという風に考えると、もしかすると、少し値段がかかってもやってみたい、やりたい、ということは増えるかもしれないですね。

内田
この市場規模というのはまだまだ広がっていくというイメージでいらっしゃいますか?

岡田
そうですね。本当に元気で、健康で、長生きするためものはどんなものなのか、というのを、皆さんお探しになってきていますので。実際に私も、どうしてこのビジネスを始めたかということにもなりますけども、欲しいものがなかったのですよね。安心してあげられるものがない、という風に思ってしまった。どういうものをあげたら元気で長生きしてくれるのだろうと。それで探していたところ、自分で作ったり、自分で用意した方がいい、というところからこのビジネスが始まったというのもありますね。

内田
岡田さんが扱っている商品というのが「オーガニック」というものを一つ売りにしている。こういう高価なものを買うお客さんがいるのか、どういう人がそれを買っているのか、というところに非常に興味があるのですけど。

岡田
年々売り上げは伸びています。人間と違って大量に食べませんし、小型犬が日本は特に多いですから、実はオーガニック100%のものだとしても、大体100円から300円くらいで一食済んでしまうのですね。それで、それを知ると「その程度で良かったんだ」ということで、ずっと続けていただいていますね。

内田
「意識」ですよね。普通にあるペットフードをあげていて何もきっと疑問もないし、ワンちゃんも、あげれば喜んで食べる、という中で、「オーガニック」という風に意識を転換していくというのは、どの様なきっかけになるのでしょうか?

岡田
私自身は「オーガニック」イコール「ありのまま」という発想なのですね。できるだけ自然の状態のものがいいのではないかと。オーガニックの化粧品ですとか、自分自身もオーガニックのものを好んでいる方は、ワンちゃんにもないのだろうかとものすごく探してくださって、「やっと見つけました」という方もいらっしゃいます。


ロアジスジャパンのオリジナル商品の中で、60万本を販売しているヒット商品が「ヒマラヤチーズスティック」。標高4,500メートルのネパールに生息する「ヤク」と「牛」のミルク、ライム果汁で作られた犬用のガムです。オーガニック、ナチュラルにこだわる中で、レシピの開発、現地での生産指導から、輸入、販売までを手がけています。

内田
この「ヒマラヤチーズスティック」というのが御社のヒット商品ということで屋台骨を支えている、ということなのですけども、これはどういう商品なのですか?

岡田
元々ネパールには伝統的なチーズで「チュルピー」という、エベレストを登山する方とかシェルパとかがタンパク源として摂るチーズでキャラメルみたいなものがあるのですね。たまたま私もそれを知って、スイスの登山家の方が「これ犬にあげたらいいんじゃない?」というのが始まり。ただ、どうしても油は多い、塩は多い。しかも日本の市場に合わせるとしたら、日本は小型犬が多いですから、サイズもやはり大きかったり、キャラメルみたいだったりする。では長さ、グラム、塩分を抜く、油分を抜く、というのをやってみよう、という風に思いまして。私がレシピ的なものを考えて、それで現地の人たちと一緒にトライしていったというのが、「ヒマラヤチーズスティック」の最初です。今まで犬のガムというのは、結構ベタついたりとか、少し添加物が気になったり、それで私はあまりあげていなかったのです。でも、これならいいな、と思って持って帰ったら、もうすごく犬たちが喜んで。それで、もう「やりたい」と。

内田
「これだ!」と?

岡田
「これを作っているとこはどこ?」みたいな形になって。

内田
標高4,000メートル?

岡田
4,000メートルとか、4,500メートルとか。

内田
大丈夫でした?

岡田
もう本当に広いところで、のんびりと野生の牛やヤクがうろうろしているのですよね。そこに遊牧民、山に暮らす人たちが本当にぽつん、ぽつん、と住んでいるのですけども、自分たちのチーズを作ったりミルクを作ったりするのに、遊牧しているヤクたちがいて。それで、その子たちの乳搾りをしたり、という風にして暮らしているのですね。

内田
その遊牧民の方と契約をするわけですよね?その辺りは大変だったかと思いますけど。

岡田
「フェアトレード」という言葉がありますけども、きちんとそこはやりたいと思って、それなりの値段で買い付け始めたのです。そうしたら次に行った時に、ある農家さんがすごくいい家を建てていて、すごいお金持ちになった。良かったな、と思っていたのですよ。それで次に行ったらきれいにその家がなくなっていたんです。燃やされちゃったらしくて。ジェラシー、とかですかね。

内田
やっかみがあるのですね。

岡田
これは私のやり方は間違いだった、と思って。それからですね、間に人を介してですけれども、皆で作ってもらう。「ある程度の量を必ず毎月買います」とお約束をする。そういうことがあると、安定した収入になる、もしくは子供たちを学校に行かせることが出来る。いろいろなことが変わってくるのですね。

内田
生活も一変したのでしょうね。フェアトレードで、きちんと払うべきお金を払っていらっしゃる。

岡田
あまりお金でどうこうというよりも、機械を、分脂機といって、油を分離するものがあるのですけども、それを渡したりとか、鍋とかきれいなものを渡したり。そうしないと、クオリティも良くならないので。

内田
そうですよね。

岡田
クオリティを上げるためには、周りの雑多なものを変えていかないと。

内田
そこはすごく大事だと思うのですよね。ナチュラルである、ということを売りにしていて、でもやはりそのネパールの遊牧民の方で、本当に品質管理の部分でご苦労があったかと思うのですけど。ここはどうですか?

岡田
季節によっては全く作れなかったり、乾燥することができなかったりするので、調達するのは私たちも苦労していまして。

内田
そんなに売れたからと、どんどん増やせるというわけではない?

岡田
そうでもないですね。大分コントロールは出来る様にはなっていますが。それも今後の課題でもあるのですけれども、どういう風にしたら安定したものをきちっと供給していけるのかという。

内田
そこまで完成させるまでは何年かかったのですか?

岡田
そうですね、5年…

内田
5年?

岡田
まだ終わってないというか。

内田
まだ終わってないけども、5年かけてワンちゃんに相応しい形に近づいてきている?

岡田
最初の3年がものすごく辛かったです。購入しても、ほとんど売れないものばっかり来てしまったので。

内田
「これは売り物にならない」ということですか?

岡田
もう、カビだらけだったりとか、虫だらけだったりとか、中にごみが入っていたりとか。

内田
それが今の様な形に改善してきた?

岡田
今はX線をかけたり、日本でいろいろと検査をしています。

内田
でもそれだけ手間暇かけて、確かにいいものなのだろうということは伝わってくるのですけれども、それで利益を出していく、商売として儲けていくというと、どうなのですか?

岡田
私のポリシーとして、ビジネスは自分の生き様だと思っているので、おかしなことはやはりしたくない。本物を追求したい、とすごく思っていて。いいものを、きちんと全力でいいものになる様に育てていって、それをお客様に届けられる様に、この「ヒマラヤチーズスティック」だけではなく、いろんな商品がありますので、全ての商品に対してそういう気持ちで臨んでいます。


2016年11月に移転した横浜本社オフィスは、通常の機能だけでなく、物流拠点としての役割も担っています。新商品の企画・試食ミーティングには、スタッフのペットも参加。現在、ロアジスジャパンで働く多くは女性のスタッフとあって、個々のライフスタイルに合わせた雇用実現に注力しています。働きやすい職場環境やものづくりの考え方は、岡田社長がMBAを取得する中で得られたものだといいます。

内田
一念発起して「MBAを取得する!」、そういう思いから、「経営をやっていくんだ」という決意があったのだと思うのですけれども、そのMBAが生かされているな、という部分を聞かせていただけたらと思うのですが。

岡田
仲間たちができたこと。教授ですとか、先生方ですとか、あとは同期の仲間、先輩・後輩、この仲間たちのおかげですごく救われていて。皆がやはり「いい会社を作りたい」という人ばかりが周りにいるので、「じゃあ、私も同じ様にいい会社を作りたい」、それで困ったら相談をする。そういう意味ではとっても恵まれていますね。

内田
今、「起業」「ベンチャー」というと、どうしても「IT」とか、それこそ「IPOして、上場して」という、そういうのが主流ではないですか。そことはまた違う観点ですね。

岡田
「本当に社会に必要とされる会社を作ってみたい」と心から思ったのですね。もしかしたら50年後は全然違う業種になっているかもしれないのですけども、やはり今はこのペットの事業、オーガニックの事業というのが、今の私には合っているのではないか。そういう同じ思いのある仲間が集まって。そういう志のある会社のことを、私は「ベンチャー」だと。大学院のMBAでは、そういうゼミに入っていましたので。「志ありき」という。

内田
いいゼミですね。

岡田
ええ、そういうものが私のベースになっていますね、経営の。

内田
反対にあえて聞くのですが、現場のビジネスとはそんなに机上の理屈ではいかないな、と少しご苦労された様な部分はあります?

岡田
人事とか人のことなどというのは、私はあまり得意だと思っていなかったので、なかなか思い通りにはいかないですけれども、やはりいろんな方がいらっしゃるのは当然なので、私がそれに合わせていくようにしていかなければいけないなと、逆に今はそう思って。最初は合わせてもらおうと思っていたのですけども、合わせて行こう、という風に思っていたら、今は良い周りになってきました。

内田
少し心を開いた、という様なイメージですか?

岡田
自分の思いは一つで、「こういう人と働きたい」という思いをすごく強めるようにしたのです。「こういう人に来て欲しい」、その代わり、そういう「いいな」と思った人が「こういう働き方したい」と言うのであれば、それはもう「任せよう」という風に。

内田
なるほど。

岡田
お子さんがいる方はやはり、「子供に合わせた働き方がしたい」と。そうすると「では何時がいいですか」と言うと、「何時から何時がいいんですけど」と言って、「では1ヶ月やってみましょう」と。そうしたら、それで良かった、とか。

内田
それで上手く回りますか?

岡田
今の所、フォローし合っていただいて。でも難しいなと思う所もありますね。時間をここまで、と決めてしまうと、その後に出てきた仕事というのがあるので。それは必ず、誰かがフォローしてあげるように、というのを今、その仕組みを作っている最中です。

内田
「働き方改革中」、と。

岡田
そうですね。

内田
これからの課題。どういうことが今、できていなくて、やりたいと思っていますか?

岡田
根本的には、私は命をすごく大切にしたいと思っているのと、世界中の人の命が輝くといいな、という風に本当に思って、自分も含めてですけど。なので、そういう風な社会を作れる様な会社になりたい。少し身近なことで言うと、地域に密着したい、ということをすごく思っていて、横浜に移転してきたという理由の一つにも、やはり横浜はすごくペットに優しい、という印象を受けたので、何か一緒にできないか、と思ったのです。ペットを中心に、人々が「ともに生きるしあわせ」を感じたり、一緒に分かち合える様なことが地域でできる様になって、それが全国、世界に、という風に広がっていくと、多分、やりたかったことにつながっていくのかな、という風に思っています。



tvkのYouTube公式チャンネルの「見逃し配信」では取材VTRも含め、インタビュー全篇をご覧いただけます。(視聴無料です)

特徴ある製品・サービスを紹介
「ビジネスのヒゲ」

「感覚を数値化する」慣性特性計測装置を手がける企業
レゾニック・ジャパン(綾瀬市)

1月16日放送分
「創業93年の歴史をもつ総合鍵メーカーの今とこれから」

ゲスト
株式会社アルファ
代表取締役社長 川名祥之さん


【プロフィール】
1955年 茨城県出身
1978年 埼玉大学卒業後、国産金属工業(現アルファ)入社
2015年 アルファ代表取締役社長に就任


横浜市金沢区に本社を置く株式会社アルファ。1923年(大正12)に大阪で創業、シリンダー鍵を量産して金物屋にルート販売することで歴史をスタートします。1933年のダットサン誕生時、国産初の自動車用カギが採用され、1947年に南京錠を製造・販売。1964年の東京オリンピックの年には、コインロッカーを開発。以降、自動車部品、住設機器、ロッカーの3分野で展開し、常に業界のトップリーダーとして、90年以上の歴史を持ちます。

内田
アルファさんは、住宅、企業のセキュリティ、あとは車と、様々な鍵を造っていらっしゃるのですね。

川名
日本の鍵業界というのは、どちらかと言うと「自動車を専業にしている」とか、「住宅を専業にしている」とか、それ以外のいわゆる産業用ロックとか、例えばトラクターとか、自動販売機の鍵、それからコインロッカーの鍵。私どもはその中で自動車もやっているし、住宅もやっている、いわゆる産業用ロック、それからコインロッカーもやっている。どの分野でも供給出来る様にしているということで、私どもの考え方としては、“Innovation for Access(イノベーション・フォー・アクセス)”と言いまして、何かを、扉を開けたり閉めたりする。家に限らず、その扉を開けたり閉めたりするところに私どもの貢献出来るところを産み出そうと。そういうことでやっております。

内田
ドアがあるところに、開け閉めがあるところに「アルファあり」、と?

川名
そういうことですね。

内田
複合的に鍵をやられているということで、成長してこられたと思うのですけども、会社が大きく成長していくために、幾つか転換点があったと思うのですが。

川名
まず1933年に、初めて私どもで自動車の鍵を供給することができまして、これが自動車の鍵に進んだ第一歩。続きまして1964年であったと思いますけども、新宿駅にコインロッカーを初めて入れまして、これが私どもの鍵の技術を使ってロッカーの業界に入っていったきっかけ。この2つが大きな転換期ではなかったかと思います。

内田
自動車の鍵を受注したというのは、様々な鍵メーカーがあった中で「じゃあ、御社を」ということになったと思うのですけれども、これは何が決め手であったという風に思いますか?

川名
一番の決め手は、それ以前に住宅をやっておりましたので、住宅用の鍵の技術がしっかりしていた。その鍵の技術を使いまして、それを自動車のタイプに合わせて提案することができた。

内田
自動車メーカーとの信頼を築きながらずっとやり続けてきている、ということが一つ。あとはコインロッカー。これは「日本になかったものを造った」という時代ですか?

川名
私どもの創業者の和田和一がアメリカに行った時に、コインロッカーを見まして、「これは日本でも使える」ということで、日本に帰って来てから研究を重ねて、JRや私鉄の方にいろいろと展開ができました。そういう意味では、ロッカーはそれほど大きなビジネスではないのですけども、私どもの基幹のビジネスの一つと捉えてやっております。


アルファ本社内にある歴史ショールームは、100年企業を目指し邁進するアルファの技術革新の足跡を辿ることができる場所です。業界初の最新機能を搭載した樹脂製住宅ドアハンドルやロッカーシステムは「指静脈認証式」という最先端の技術を採用しています。アルファの事業の中で大きなシェアを占めている自動車用ロックは、メーカー毎の様々な仕様や形状のリクエストに応え、多種多様な製品が作られています。



内田
様々な鍵をやっている中で、収益の軸となっているのは自動車の鍵ということだと思うのですけども、最新の車の鍵というのは、今どんなことになっているのですか?

川名
私どもは鍵と、ハンドルと一体で開発しておりまして。

内田
「鍵」だけではないのですね。もうこの「ガチャ」と開けるものを?

川名
そのハンドルの中に鍵が入っているとかですね。今の自動車ですと、プッシュエンジンで、いわゆる鍵を使わないでボタンでやる。そういう時に、その中に「エレクトリカル・ステアリング・ロック」と呼んでおりますけれども、電気信号を拾ってロックを解除したり施錠したりする。そういうものを一式手がけている。従来ですとメカで開けたり、メカで施錠したりする、そういうタイプから、そういう風に電気信号を使ってやる。それから静電容量センサー、これは人の生体にある静電気の容量を検知しまして、ドアをアクセスするとかですね。

内田
もう、どんどん新しいものが出てきている様に見えるのですけども。技術を創っていらっしゃる、研究開発部隊がやってらっしゃると思うのですけども、これは難しいものなのですか?

川名
一個一個の技術は、それほどいわゆるハイテクではない。ただですね、私どもの特色としては、これを造るためのほとんどの技術を中で持っている、内製で持っている、というのが非常に強みになっていると思うのです。例えばメッキとか、塗装もそうですし、金属を使っている、これは亜鉛なのですけども、こういう亜鉛の加工とか。ほとんどの品物ができる。私どもとしては、大きく北米、それから日本、韓国・中国、それからASEAN・インドと、それぞれのリージョンでほとんどのこういうものを造る内製技術を持っている。

内田
内製ができる、ということはつまり?

川名
生産のロスがなくなる事だと思っているのです。当然、あるものを外部に依存していきますと、特に中心のところを外部に依存していきますと、そこでの我々のやりたいこと、それから改善したいこと、これに限界があるのですね。ところがそれぞれのプロセスが一貫してできますので、これを改善して全体最適を狙える。昔は中国一辺倒で、中国から全部ばら撒こう、という様なことをしていたのですけども、中国がその時に、「元」が強くなって競争力が段々なくなってきた。その時に、手の打ちようがなくなってしまうというのがありまして。それで2010年くらいから方向転換をしまして、地産地消と言いますか、それぞれの地域でプロセスが全部できる様に構造改革をしようということでやってきまして、2年後くらいですかね、2010年くらいでその構造改革が終わりました。

内田
地域地域でそれを調達する様な仕組みができたと?

川名
そうですね。為替の問題をできるだけ解決するというのと、輸送による在庫とか、何かあった時にすぐ替えられるとか、そういうことが非常にクイックにできる様になりましたね。ただ、日本にはいわゆるマザー能力を残しておきまして、全部をバックアップする能力を持ちながらやっている、というところですね。

内田
お話を伺っていて、非常に面白いと思うのは、元々は住宅の鍵というところから歴史をスタートさせて、そして車というものを得て量産、という流れの中で、技術革新がどんどん促されていって、技術革新というものが、今度更にこういったドアに還元されていくというか、戻っているというのが、技術を非常に上手に移転しながらイノベーションを起こしていらっしゃる、という印象があるのですけど。

川名
そうですね。「車の品質」というのはすごく厳しいのですね。それに我々はミートしてやってきた。お客様に説明する時も、「車で養ってきた品質、納期、そういうものを住宅で実現をしたい」ということで話をしておりまして。それについては、すごく好評に受け取られておりますね。


アルファの技術は世界を舞台に展開。現在、アメリカやメキシコ、タイ、中国など、グループ全体で12カ国・22拠点に生産と営業の拠点を構え、グローバルな展開を進めています。また、2016年3月には、スウェーデンの錠前ソリューション企業、アッサ・アブロイ社の一部を買収するなど、海外での事業展開を重要な成長戦略と位置付けて事業の拡大を目指しています。


内田
全体で12か国、22拠点。随分広く、あまねく海外展開をされているのですね?

川名
そうですね。2009年くらいまではアメリカ、中国、タイ。この3つしかなかったのですね。その後、急激に海外展開を加速しまして。一つは、お客様が海外展開を加速していって、それに私どももできるだけ対応していこうと。もう一つは、これはリーマンショックの後の円高を乗り切っていくためには、日本だけでの生産では、とてもではないけども生きていけないということで、海外の方に舵を切った。いろいろ造ったわけなのですけども、実は市場に大きな、私どもの事業構造の中でウィークポイントがありまして。ヨーロッパに製造拠点がなくてですね。

内田
何故なかったのですか?

川名
アルファとしては最優先が中国とかアジアとか、北米の方を優先していて、ヨーロッパまで手が回らなかった、というのが一番大きかったと思います。

内田
これは何故、買収、という形にうまく契約が進んだのですか?

川名
アッサ・アブロイという会社は、元々ヨーロッパの建築とか、ビルディングもそうですし、一般の家もそうですし、そういう住宅関係の鍵の大手で、いろいろなシステムをやっているのですね。そこのチェコの会社が、自動車だけやっている部門がありまして、アッサ・アブロイ社としては「そこは自分のところの中心ではないので、どこかに売却したい」というのがありまして。自動車用の生産をチェコでできるというのは非常にいい。お客さんも違うので、そのままシナジーを得ることができるということで、今、始めております。

内田
そういう「いい買収」というのはなかなかないものですけれども。

川名
お互いにメリットがあるといいますか、お互いにWin-Winの要素がある、ということ、それからシナジーが非常に明確に、明らかなシナジーがありましたので、やっていこうと。

内田
そういうことになると、ではますますこれから会社の成長としては、海外を中心に伸びていく、種まきをしている、と?

川名
そうですね。「それぞれのリージョンで生産ができる」というのは終わりまして、それで今度、ヨーロッパに少し足がかりができたので、そこを次の成長のステップとして考えていけたらいいと思っています。

内田
これからのアルファ社、というのをお聞きしたいのですけれども。川名社長が考える未来の姿、こんなことをやっていくのだ、というのはどの様なものですか?

川名
弊社は、あと6年くらいすると「100年企業」になります。どこの未来を見るか、というのはあるのですけども、私どもの最も近い未来というのは「100年企業」というのがありまして。「100年企業」として、いろんなアクセスで社会に貢献している、または製品を供給している、そういう会社になりたい。私どもには“Alpha Way(アルファ・ウェイ)”というのがありまして、その中で自主自立の精神を持った集団になりたい。今、いろんなことをやっているわけなのですけども、自主自立の精神を持って、提案をして、どこの国でも生きていける様な人の集団ができたら。こう思いますね。

内田
たくましい目標ですね。どこででも一生懸命働いて、営業をかけて、自分たちの商品を売り込んでいく。

川名
そうですね。ですからまずは「100年」ですね。これを目指したいと、こう思います。



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1月9日放送分
「2017年の神奈川経済 新たなトピックと展望」

ゲスト
株式会社浜銀総合研究所
上席主任研究員 新瀧健一さん


【プロフィール】
慶應義塾大学卒業後、1987年 横浜銀行入行
日本経済研究センター、アメリカ・コンファレンスボードへの派遣を経て
1995年より浜銀総合研究所


今回は2017年の神奈川経済を徹底討論。2016年の振り返りと、これからの神奈川経済への期待について伺います。

内田
2017年初回ということで、今年も浜銀総研の新瀧健一さんに神奈川経済についてお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

新瀧
よろしくお願いいたします。

内田
まずは、神奈川経済ならではの特徴、というものがあれば教えていただきたいのですけども。

新瀧
神奈川経済の特徴は、日本経済にあるすべての産業がフルセットで揃っている。言い換えると、日本経済の縮図である、というところが特徴と言えば特徴かもしれないです。

内田
神奈川経済を見れば、日本が分かるとも言えるということですね。

新瀧
加えて「港がある」というのが大きな特徴です。港があるところにしか、物流・海運関係は発生しませんし、裏返すと、為替レートとか海外経済の影響を大きく受ける。これも神奈川経済の大きな特徴だと思います。

内田
まずはですね、去年2016年を振り返ってみたいと思うのですけれども、去年の経済はいかがでした?

新瀧
実は想定しなかった2つのこと、「円高」と「災害」。この2つによって、神奈川の経済もちょっと下を向いたかな、という様な印象を持っています。

内田
日本は金融緩和で円安に動かしてきましたよね。それが去年、一転して円高に振れたと。これは何故だったのですか?

新瀧
一つは、チャイナショック、中国経済の減速。もう一つは、イギリスのEU離脱の国民投票。これもまた想定外だったのですけども、この2つの影響で、今、世界経済が混乱すると、安全通貨である「円」が買われるというのが相場の常識になっているので、これによって円高が夏場にかけて急進した。円高になると輸出企業は不利。神奈川は輸出に関わる産業の集積が大きい。従って、日本全体の中よりも、神奈川は円高によって企業の業績が悪くなったり、輸出が減って生産が落ちて、という様な悪循環が強めに出た地域なのかなという風に思います。

内田
中国の経済がちょっと危ういということで「元」が売られ、安全と思う「円」が買われ、今度は「ポンド」というものが売られて、「円」に逃げてきたという。どんどん「円」が上がっていったということですね。そこからどうなっていきましたか?

新瀧
そこからは、秋口にかけてアメリカの大統領選挙、これも「トランプ大統領になるのだったら、60円80円と円高になるのではないか」と事前には思われていたのですが、実は蓋を開けてみると、円安・株高。これによって輸出業は一安心、という雰囲気が強まって、昨年の年末にかけて、企業のマインドも戻ってきたのかな、という印象で見ています。

内田
結果的に円安・株高ということになった日本で、皆半信半疑ながらも、良かった、という流れになってきている訳ですよね。

新瀧
そうですね。

内田
もう一つ、「災害」というキーワードでした。

新瀧
まず4月の熊本地震。もう一つは、相次ぐ台風の襲来。直接的な被害は神奈川では大きくなかったと思うのですが、やはり心理的に大変なことが起こったということで、消費者が財布の紐をギュッと締めた様な印象があります。加えて、特に台風の方は農産物価格を急騰させましたので。

内田
野菜、キャベツとかレタスとか、すごく上がりましたね。

新瀧
高くなりましたね。そうすると、やはりものの理として節約志向が強まってしまう。こういう様なところが、夏場から秋口にかけて県内においても個人消費を冷やしたのかな、という風に考えています。

内田
その2点がマイナス要因ということ。反対に、良かったことというのはありますか?

新瀧
まず第一に箱根の火山活動が収まって、箱根の観光が通常の活気を取り戻したこと。これは大きいですね。

内田
やはり随分お客さんが戻ってきている?

新瀧
そうですね、特にロープウェイはゴールデンルートの主要な場所ですので、あそこが正常化したところが大きいと思います。

内田
良かったですね。

新瀧
もう一つ挙げるとすると、神奈川県で造られている車がすごく売れ始めた、ということですね。去年の11月の月間販売台数を調べると、横須賀の追浜工場で造られている日産の「ノート」が1位を更新したのですね。日産車が1位の座を獲得したのは、日産の「サニー」以来30年振り。

内田
随分昔ですね。

新瀧
30年前を振り返ると、1986年になるのですが、ちょうど円高不況からの出口だった時期。そして今回も、円高の局面が終わった時期。それで、神奈川で造られている車が売れている。これは奇妙な符合を感じまして。これから、非常に景気が良くなってくれるのではないか、ということを期待させる動きです。

内田
それはいいことですね。でも、何故その「ノート」が今評価されているのですか?

新瀧
新型のエンジン、電気自動車でありながら、ガソリンで発電したものを充電していく、という新しいエンジンが、消費者の支持を集めているのです。そういう意味では、「新しい技術」によって生まれた商品が「魅力的だから買う」。これはすごく今までの動きと違いまして。過去20年くらい調べると、乗用車が売れた時期というのは、エコカー補助金だったり、買い替え特例だったり、「今買わないと、金銭的に損ですよ」みたいなところで売れた時期だったのですが、去年の終盤は「いいものだから売れる」。極めて正常な形に、経済が戻ってきたのではないかな、という風に思いますね。

内田
「いいものだから買おう、買いたい」というマインドがもっといろいろなものに波及してくるといいですね。

新瀧
はい。そうすると、デフレも脱却できると思います。

内田
他にはありますか?

新瀧
マイナス金利も、地元の経済にとってはプラスに働いたのかな、という数字が出ています。

内田
「マイナス金利」はすごくネガティブな話しかなかった印象ですけれど。

新瀧
本筋としては、金利が安いので前向きなところにお金を使ってください、それによって経済を好循環で回していきましょう。

内田
そういう意図であった訳ですよね?そもそもは。

新瀧
去年の12月に日銀の横浜支店が発表した、神奈川県の企業の設備投資計画を確認すると、前年比23%の増加。一昨年は4%増、その前が0.1%増でしたから、増え方は飛躍的なのですね。

内田
設備投資をするということは、そこで新しいものを作ろう、新しいものを産み出そう、という企業行動ということですよね?

新瀧
設備投資は「投資の二面性」と言われまして、工場や機械を買うことにお金が使われる。それで据え付けられた後に、更に高付加価値なものをその工場でやっていくという。その2つの側面があるので、地域の経済が良くなるためには、投資が増えるということが一番いい、という風に考えています。

内田
引き続き、2017年のトピックをお聞きしていきたいと思います。


全国で進行する少子高齢化。中でも神奈川県はトップクラスの速さで進んでおり、人口910万人のうち、65歳以上の老年人口が占める割合は30年前のおよそ3倍の23.4%になっています。また、それと同時に15歳から64歳までの生産年齢人口の割合は63.8%と減少。2040年には、さらに55.2%まで減少していくと予測されています。人口減少と少子高齢化の中、企業に求められるものとは。

内田
今、データ見ましたけれども、本当に予測通りに高齢化が進んでいる。ずっと何年も前からこれは予測していたにも関わらず、なかなか歯止めが出来ずに今の状況になっているということなのですけども、これはどの様な影響が出てきますか?

新瀧
まず地域経済の観点からは、事業承継、会社の後継ぎをどうするんだ、という問題があります。特に神奈川の場合には、高度成長期に地方から出てきて、工場で勤めて、自分で会社を起こして…そういう様な中小企業の社長さんがこれまで勝ち残ってきて、すごい技術を蓄えている。そういう会社さんがいっぱいあるのですね。

内田
ええ。

新瀧
その方々が、70歳を超えてくる。まぁ、70歳が引退のラインという風には思いませんけれども、いずれ、やはり後継ぎの問題というのが表面化してくる。もしも会社をたたんでしまったりする様なことになれば、これまで勝ち残ってきたその技術が失われてしまうことになるので、地域の経済としては、非常にマイナス。そういうことにはならない様にしなければいけないのだという風に思います。

内田
本当に収益性が高いところは、ちゃんと後継ぎがいるのかもしれないですけど、素晴らしい技術があっても、後継ぎがいないところも沢山あると。これはどうしたらいいですか?

新瀧
その技術を、大きな企業、または同業のところに移転して、お金を社長個人として得たり、あるいは会社自体が他の企業と合併する。その様な形で技術力、開発力というのは、やはり地域経済の観点からは移転して欲しいという風に思います。

内田
それがうまく促される、マッチングがうまくいくというためには、地域の金融機関さんも相当頑張ってもらわないと、というところもありますけど。

新瀧
そうだと思いますね。

内田
見方を変えると、皆が経営が厳しくなっていくということは、供給過多であるという側面もあって、ある意味、生き残るところ、本当に素晴らしいところはきっと買い手もつくだろう。でも、残念ながら淘汰される、という意味においては、本当に限られた、残ったところに補助金というものが集約して、更に競争力を持てるのではないか、という明るい側面もあるのではないかと思うのですが。

新瀧
おっしゃる通りだと思います。そういう意味では、補助金の効果がこれまで以上に強くなるのかな、という風に期待したいですね。

内田
日本がどんどん高齢化していく、労働人口が減っていく、という風になっていくと、やはりきちっと日本経済を支えていくために、それを補うことをしていかなければいけないという意味では、「生産性アップ」ということがよく言われていますけれども、この点はいかがですか?

新瀧
今、人手不足感が本当に強い。去年で言うと、景気状況は悪いのに、人手不足を感じる企業の割合が非常に高い。そういう矛盾した状況が生じているのですね。何故かというと、人手が不足している、その不足分を補うための求人が、これまでと同じ感覚で行われているから。その辺りに、少し変化の芽が出始めています。

内田
どういう変化ですか?

新瀧
ハローワークにヒアリングしたところ、例えば、県内のあるドラッグストアは、求人をしても思うように人が集まらないので、その業務をアウトソーシングする。専門家に任せることによって人手不足から解放される、という選択肢を選ばれた会社さんもあります。もう一つは、やはり人手がなかなか集まらない企業に対して、ハローワークが求人の内容を絞って、賃金をもっと上げたらどうですか?というアドバイスをしたら、これまで50人規模で求人を出していたおのが、賃金が上がることによって、半分くらいに求人を抑えることが出来た。言い換えると、日本の場合には「とりあえず会社に入ってもらって」という形で、条件を非常に緩くして人を集めて、教育して戦力化していこう、という考え方が主にあるわけなのですが、「自分たちが欲しい人材をピンポイントで集めよう」という特色が強まってくれば、教育のための投資は不要になりますので、会社として、あるいは経済全体として生産性が向上する。こういう芽が見え始めているのかな、と思っています。

内田
非常に合理的な考え方に変わって来ているわけですね。一見、求人はたくさん応募があった方が喜ぶ。それをハローワークであるとか、求人の会社も売りにするわけですよね?そうではないのだと?

新瀧
そういう考え方を変えていかなければいけない。人手不足を乗り切るためには、変えていかないと。労働力人口が減ることは、これまでの少子化の流れから避け難い事実なので、これまでと同じ常識だと、恐らく乗り切れない会社が多くなると思います。実際、ファミレスで去年のニュースですと、24時間営業をやめるとか、そういう形で人手不足を、自社の売り上げの減少を甘んじて受け入れることによって乗り切る、という選択をする企業もあれば、先ほど申し上げた様に、ピンポイントで必要な人材を、高い賃金をオファーすることによって確保していこう、という様な流れが広がるという「二極化」が出てくると思うのですね。おそらく後者の方がこれからの経済を引っ張ってくれる会社になるのかな、という風に思っています。

内田
経済が活性化していく上で、重要になるのが「個人消費」ということで、これをいかに促すか、ということになると思うのですけども。

新瀧
この10年くらいを振り返ると、安いものに消費者が飛びついて行く、という流れがあったと思うのですが、それだとデフレを脱却することは難しいです。自分の賃金が上がったならば、いいものに対しては更にお金を払っていく、という流れが生まれませんと、デフレから脱却できないです。そういう意味では、質の高いサービスが選択肢として我々の目の前にどれくらい広がってくれるか。これが2017年、広がるのではないかな、という風に思っています。

内田
皆が世の中の流れで、財布の紐をギュッと絞ってしまうのは、将来不安であるとか、お金を貯めないと、という何か漠然とした将来に対する不安みたいなものがあると思うのですよね。そういったものも一つ取り払って、ちょっとお金使ってもいいかな、というマインドを作らないといけないと思うのですけども、ここはどういう手立てがあると思いますか?

新瀧
やはり気持ちの切り替えというか、今、僅かながらでも賃金が増えている人が広がっている。その時期に、気持ちの切り替え、100%節約志向ではなくて、節約は8割に抑えて、残る2割は、少し高いものでも自分が納得したものにはお金を使う、といったところがどれだけ広がるかがポイントだと思います。例えば、観光とか消費周りでは、ここ数年インバウンド、外国人観光客の爆買いによって引っ張られていた面が強いのですけども、ここに日本人がどのくらい参入していけるのか。そういう意味で、注目は箱根のホテル。昨年の末に、「ザ・ひらまつ ホテル&リゾーツ」という高級ホテルが仙石原にオープンしました。また、今年の春は箱根小涌園の高級ホテルがオープンしますし、金谷ホテルも今年の夏に高級ホテルをオープンします。そういったところが、外国人ばかりになるのか、日本人もかなりいるのか、どちらになるか。そういう意味では2017年、分水嶺に立っているのかな、という風に思います。

内田
日本人がしっかりいいものにきちんとお金を使っていく、という文化を取り戻したい、という風に個人的には思うのですけども、企業が一生懸命お給料を上げていこうという流れで、アベノミクスもそれを言っているわけですね。トリクルダウンを狙って、ということで。

新瀧
そうですね。

内田
それが途切れてしまうと、少し厳しいと私は思うのですね。去年は決算が悪かった、という流れを巻き返し出来るかというところにかかっていると思うのですけれども。この企業業績、更には、更なるお給料アップ、ボーナスアップ、というところに繋がってほしいと。

新瀧
いやそうですね、そういう意味ではこの3月の春闘賃上げ。僅かであっても、給料が上がる企業がこの数年と同じ様に広がって欲しい。そうでないと、今までの積み上げてきた流れというのが無になってしまうと言ったら大袈裟なのですけれども。

内田
いろいろお話を伺ってきましたけれども、2017年、神奈川経済はどういうものになりますか?

新瀧
2020年以降に向けて、スタートの年だという風に考えています。2020年東京オリンピックまでは、景気はプラス成長を続けるという風に見られています。ただ、その後はどうなるか分からない、という風におっしゃる社長さんが神奈川でも非常に多いです。その後の経済成長を続けるためには、やはりいいものにはお金を使う、という様な人が増えて、神奈川県内、あるいは日本全体の中でお金をもっと太く回していく、という流れが経済成長をしっかりさせる。もう一つは、労働生産性の向上です。やはり働き方を変えることによって労働生産性が向上すれば、人が減っていく中でも経済が規模的に大きくなる。そういう意味では、2017年が2020年以降、しっかりと経済成長が続くためのスタートの年。意識を変えていかなければいけない年だという風に思います。

内田
余力がある内にやれることをしっかりやる。でも人口が減少していく中で、経済成長していくということは、非常にチャレンジングですし、海外でもなかなかないことに、日本が成功できるか、という意味では、大事なスタートの年になっていくということですね。

新瀧
そう思いますね。

内田
ありがとうございました。



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